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山梨の山

登山と山と高山植物

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山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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安全安心が下敷きの国際化

2011.04.02 15:28  投稿者:ootaminoru

テレビニュースに依ると東京浅草界隈では観光客がめっきり少なくなったそうだ。
特に外国人の観光客は少なく土産物屋の女将さんは売り上げが殆どない。叉、外国人の宿泊で有名な沢の屋旅館の御主人の弁では、全くお客さんがいない日があるそうだ。そんなことは30年間営業をして来たが一度もなかったそうだ。

山梨県下の観光産業に及ぼす正確な情報が殆ど取れませが富士吉田、河口湖そして石和温泉への状況は芳しくないと言います。
そうしたダメージは一過性のものか?

国内の日本人旅行客は当面、自粛だけれども、特に海外の外国人には福島原子力発電所の爆発、放射能漏れが日本の観光産業に与えるであろう影響力は技術的な解決だけに留まらず、もっと長期化するのではないだろうか。
そもそも、情報が正確に海外へ発信されているのだろうか。

国内以上にインパウンド観光の復興への道は、原子力発電所と放射能漏洩に一定の安全が確保された後に始めて開始されるであろう。
風評?と合い間って長い道程になるのではなかろうか。

逆に現在、インパウンド観光産業に携わる人や業界そして国際メデアが、今だから出来る事。及び、しておかなければならない事。教訓としてこれからやらなければならない事とは何だろうか。

問題が反れるかも知れませんが国際化の流れの中での国際交流の視点から提案したい。
例えば、在日外国人に冷静な情報を有効的に提供出来ているとは思われません。

山梨県に在住する日系外国人(ブラジル人)は今回の放射能漏れ事故に対してブラジルへ帰国する家族がいます。
製造業に携わっている日系ブラジル人の間では何処かの時点で帰国を考えていたと思いますが、これを契機に失業したのではなく自分の意思で夫々が帰国を固めたものと思います。
私の身の回りは小さな世間ですので全体を言い表しているかどうかは解かりませんが、山梨県の南アルプス市で日系ブラジル人の児童の教育に携わっている私の周辺で3月下旬から4月上旬に6人そして5月頃までにもう2人の合計8人/24人の児童の家族が帰国して行きます。
地球の裏側へ引越して行きます。
その選択は彼らに任せるべきですし、その選択が間違っているとは思いません。
むしろ児童の教育や将来の自立を考えたら現在の日本の外国人に対する児童の教育システムや熱意、カリキュラムからは早期に帰国したほうが良いと個人的には思っています。

彼らポルトガル語圏やスペイン語圏、中国語圏、ハングル語圏等の携帯やパソコンの情報網がそれぞれあるのでしょう。そうした彼らのネットワークの中で情報を交換し意思決定が行なわれている部分があるでしょう。
外国語である日本語が難解な彼らに冷静で適切な情報を何らかの手立てで提供するのも日本がグローバル時代の流れの中でポジションを得てゆく国際的な力量だろうと思う。

物が、お金が、情報が、そして人が交流する。それがグローバル化だ。
人の交流には子供が生まれる。
特に政府は製造業の圧力に対して製造業に従事する対象として日系ブラジル人がDNAが日本人と同じだと言う理由で就業と長期滞在を開放した。言語はポルトガル語だ。
人の交流には子供が生まれる。その子供の教育や児童の将来への自立はどうするのか?
日本の少子化の時代にその子供は日本で永住し日本人として帰化を促し労働力の補填と考えるのか、それに投下する経費は最小限にしたいとするコストと考えるのか?
大きな富と繁栄を生む先行投資と考えるのか?

子供は親が育てるのではなく社会が育てる。子供は社会の宝だ。

彼らに子供手当ては全く支給されないばかりか議論の対象にすらならない。

子供手当てを支給しろといっている訳ではないが、国際化に対する国際人の考え方が全て曖昧であり在日ブラジル人の子供に対する政策が不十分だと思う。
国際化とは目の前のお金や物だけではなく人間をも含むことを忘れてはいけない。

何かの縁で出合った児童達と突然のお別れは切ないものがあります。
もう二度と逢うことはかなわないでしょう。
日本人の血を分けた彼らに幸せあれと祈ります。

     さようなら

写真1は2年生の000ちゃん。後は筆者
写真2は2年生のガガガガガくんです。


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