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山梨の山

登山と山と高山植物

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山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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レンゲソウ、つくし、たんぽぽ

2011.03.21 06:37  投稿者:ootaminoru

東北の朝晩はまだ冷たかろう。災害から10日目を迎えた。
まだ閉じ込められた家屋の中から救助される人がいた。
救助。救援。不自由とは言え取り敢えずの避難所での生活。
救援物資が充分届かないと言います。
やがて緊急物資が届き一定の安定した避難所生活に入るだろう。
それと共に災害後の緊張感が融けて虚脱感に沈み込む人が増えてゆくだろう。
生活の基盤の全てを失い絶望と孤立感が生き延びた人の生気を奪う。

これからが長い復興への道程だ。
沢山の人の長きに渡る支援が必要だ。そして沢山の支援の制度が必要だ。

昭和20年8月15日。
私達の父母はB29から投下される焼夷弾に依る都市全滅作戦の火災の炎の下を煙に巻かれながら潜り抜けて瓦礫の下から這い出して、生を維持した。
しかし隣りあわせで多くの人が戦災で亡くなった。
生き延びた人は生活の基盤を全て失ったが孤立感や絶望感は少なかったと言います。母は6歳になる兄、私は4歳、妹は2歳を抱えていた。
母の生きるエネルギーはその当時は、みんなが支えあう互助精神が、親類縁者が助け合う血縁関係が深く根強く維持されていたからと言います。
日本人としての同朋意識。地縁血縁関係の絆。それからみんなが戦災で焼け出された同じ環境だったからだろうと言います。
戦後の物資のない時代をともかく生き延びて子供を育てた。明日を築く生産活動に精を出した。

時代は変わった。
しかし、東北関東大震災の被災者の長い長い復興への道程は同じだろう。
それを支えるのは結局、人であることには間違いない。
そして制度を支えるのは人であることを改めて胸に刻んでおこう。

地縁血縁、更に家族縁が薄れた孤立感、孤独感。富める者と生活苦で喘ぐ者の二者拡大。多くの非正規雇用の若者。自殺者の多き時代。先行きの見えない日本の経済。地盤沈下の世界経済のなかの日本、政治不信。天下り、行政の制度疲労。
そうした今日の日本の時代の中で、東北関東大震災の被災者だけが復興に特別扱いはされないだろう。多かれ少なかれ今日の日本の状況が投影されるだろう。
即ち日本の今が試されているのだと思う。

東北関東大震災の被災者に対する本当の支援の輪は日本の今が問われているのだと思う。
長い道程ではありますが被災者と共に私達は今日の日本の状況を背負って歩きましょう。

写真は3月20日、晴れのち曇り夕方から雨。午後風強し。午後から野良に出て撮影する。


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