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山梨の山

登山と山と高山植物

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山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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若彦路(鳥坂峠)1

2011.01.10 13:10  投稿者:ootaminoru

甲府盆地から他の国に出入りする道は古来、9筋あったと云います。
その幾つかは山地を登り峠を越えて他国にいずる道です。
私は登山を趣味として来ましたので登山の対象として古道に係わる峠及び峠道を利用してきたことはありますが、歴史の道を主眼にして歩いたとこが
ありませんでした。

昨年は不摂生がたたって膝関節を痛めてほぼ1年、登山が出来ませんでした。
ほぼ痛みもとれてきましたので今年は登山を再開したいと思っています。
膝関節の強化の為に今年は歴史の道をも歩いてみたいと思っています。

その一つとして今回、1月8日若彦路の鳥坂峠をスポットにして歩いて来ました。ご存知の通り、平成22年3月に新若彦トンネルが供用開始して新鳥坂トンネルと合わせて甲府盆地から八代側を起点にして芦川に抜けて更に河口湖及び精進湖抜けるルートが開通しました。
しかし、私が対象とするのは明治36年に中央線が開通する以前の生活道として郡内、芦川を国中を結ぶ道であり叉駿河との往来の道を辿る事です。
その資料としては「山梨県歴史の道調査報告書」であり山梨県教育委員会が調査した報告書を基にしています。
調査は昭和58年度から5年間、国庫補助を受けて山梨の歴史と文化の道調査事業に取り組んだものです。古道9筋を中心に合計16筋を調査して報告されています。この資料以外に歴史の道を歩くに相応しいものはなさそうです。

前置きが長くなりましたが、山梨百名山のガイドブックには鳥坂峠を直接登る道は記載されていません。登山仲間では峠には芦川からの登山道が一般的です。その峠はそこが目的ではなく左が春日山、右が釈迦が岳への通過点に過ぎません。
そこで今回初めて八代側の浅川の上流である高家~竹井~門林~奈良原~大口山から峠まで歩くことにしました。このルートが上代からそして古代からの若彦路であり鳥坂越えの道なのです。

調査書には赤い実線で歩いた道筋が描かれていますが大口山でいよいよ人家が途絶えて山登りに掛かる地点から、どうしても街道を見つけることが出来ませんでした。
仕方がないので古道と平行に付けられ古道と出たり入ったりすると思われる県のライフル射撃場の道を進み浅川の谷に沿って付けられた道を遡行して砂防ダムを2つ乗り越えて鳥坂峠の真下の断崖絶壁の下まで来ました。
そこから先はガレていて道も無く峠の頂上まで高度100メートル位ですが立ち往生しました。
地図では峠の水平距離1キロ手前の谷筋から離れて右側の浅い谷を登り正面の深い切れ落ちた壁の上を回り込んで最後は等高線に沿うようにして巻き込んで峠に到達するようです。
正面の谷の壁は浸食が激しく崩落が進んでいます。5世紀以前から1500年の年月を経た古代からの地形とかなり異なっているのではないかと思う。
当時は谷筋から殆ど直登するコースもあったのではないかと思う。

諦めて左側前方の壁を登りきり昭和29年に開削したと思われる現在は廃道になっている鳥坂隧道への道に這い上がりました。
その壁への取り付きは熊避け猪避けの為にピッケルをもって行ったのでピック部分で支点を確保しながらの歩行でした。素手では無理です。

その廃道を辿り鳥坂峠の真下の隧道口まで来ましたがコンクリートで完全に塞がれていますし、そこから上には絶壁で無理であり敗退する事にしました。
その廃道を下り、取り合えず新鳥坂トンネルの八代側の道路に出てそこからトンネルを抜けて勝手知ったる芦川側からの登山道に回り込んで鳥坂峠を狙う事にしました。
しかし、幸いにも廃道の途中から枝分かれして八代側から鳥坂峠の尾根に向う道がありました。その道は古い時代の若彦路ではなくて昭和29年に鳥坂隧道が開削される以前に人馬で峠越えをする為の明治時代以降に開削したと思われる道らしい。詳細は不明です。
記録に依ると大正12年にそれまでの鳥坂道は郡道であったが県道にして上芦川まで整備した。とあります。その記述と私が歩いて峠にたどり着いた道が同じかどうか確認できませんがそれらしい。
その道を辿ると尾根に到達しましたが鳥坂峠の左側200メートルくらいです。
そこから尾根に沿って付けられた尾根道を辿り見覚えのある鳥坂峠に出ました。
先ほど登ってきた尾根までの道は正面の淺川の谷の崩壊が進んだ来て右岸からの古代の鳥坂峠道の道が寝食されて通行が危なくなったので谷の左岸から巻き道として尾根に出る道を開削した歴史的な新道だったものを、更に昭和の時代の道幅を広げて簡易の薄いコンクリートを貼り付けて手直ししたものではないかと思う。
その根拠として尾根に登りきっても芦川側には下る道はありません。
尾根から尾根道を移動して峠に達するルートしかないのです。
峠と思われる地点には道標がありますが左、春日山 右、釈迦が岳とあるのみです。鳥坂峠とは表示されていません。

峠より50㍍位芦川側に下った藪の中に木造の鳥居の腐食した残骸が捨ててあります。柱にブリキを巻きつけてあるので腐らず何とか形を残しています。
その昔は道にとうりゃんせの状態で立っていたと思う。
道を挟んで10メートル位、上には石の祠がありました。
これは芦川側の古い資料から天神社であるとの記録が残っている遺物です。
これが古い時代からの鳥坂峠である証です。

更に確認の為に200㍍位芦川側に古道(登山道)を下り鳥坂隧道の芦川側トンネル口まで下りました。やはりそこはコンクリートで封がなされていました。


学術的に県の教育委員会が現地調査されたのは昭和60年ですがそれから既に25年の歳月が流れて谷の崩壊が進み更に八代側からの案内標識が全く無く「歴史の道を歩く」ということは一般的には出来ない状態に放置されています。特に八代側は生活道としての重要性が少なかった為に地域社会では邪魔者の鳥坂山であり完全に放棄され忘れられた存在になっているのが寂しい。

八代町では昭和60年に歴史文化公園(若彦路の里)の県の指定を受けています。現在は合併して笛吹市に名前を変更していますが、若彦路は駿河や相模に出る甲斐の国の街道の内でも最も古い道と思われますが熊野古道が歩かれる時代にこうした歴史的古道を山梨県として再整備して、叉歩けるように指導標の設置をして頂きたいなと思いました。

この鳥坂峠越えの道は少なくとも、もう一度挑戦してみるつもりです。

若彦路の名称の語源は吾妻鏡に出ていて酒折宮のヤマトタケルノ尊の東征伝説にちなんだ名称です。即ち若彦とはヤマトタケルノ尊です。
追記して訂正します。若彦とはヤマトタケルの尊の御子(子供)である稚武彦王(ワカタケヒ子コ)でした。
但しヤマトタケルノ尊およびその御子の稚武彦王は実在の人間ではなさそうです。上代に幾度となく畿内の大和政権が東征を行なったと考えられるが歴史時代になっての後世に古事記、日本書紀で自分たちの政権の正当性を主張する手段として人物名を挙げて物語を作成したというのが一般的な解釈のようです。

若彦路の国中の起点は甲斐国司に依ると板垣の里になっています。おそらくヤマトタケルノ尊が駐屯した酒折を起点にしていると思われますがそこから順繰りに分割して鳥坂峠を越えて上芦川の口留番所をを経て大石峠を越えて淵坂峠を越えて河口湖の長浜に至り富士山西麓を抜けて静岡県の上井出まで走破してみます。上井出で中道往還と合流して駿河に下っていきます。
歴史的遺構(宿場、里塚、道標、石畳、口留番所、等の施設)、及び周辺の寺社文化財を調べて歩きます。

歴史道9道をシリーズで歩くつもりです。

写真1は鳥坂峠
    此処の表示板には左春日山右釈迦ガ岳と記載されているのみで
        鳥坂峠とは書かれていません。
写真2は鳥居の残骸です。

写真3は石の祠です。天神様です。


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