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山梨の山

登山と山と高山植物

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山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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道標

2009.05.31 06:08  投稿者:ootaminoru

古いと思われる道標がありました。

マツダランプのロゴは東芝が1910年から1962年まで使った商標だと判りました。1962年は昭和37年です。
ですから昭和37年以前のもので立てられてから47年以上経つ事が判りました。個人的なことですが昭和37年は私の二十歳の時で青春に突入する時期でした。

写真1と2は下部の毛無山山中で、写真3は昨年1月に歩いた甲府市の要害山から岩堂峠の山道です。

商標はとっくに東芝ランプに変更になっているのに、山の中ではそれをとがめる人も居ないし道標としての役目はキッチリこなしていますので現在尚、健在なのでしょう。

この道標はホーロー引きの鉄板でその当時は看板や広告に多く使われた材質だった。
今でも食器や鍋などに使われています。
鉄板に鮮やかな顔料を塗装し焼付けて更にガラスで皮膜を覆い焼き付けたものです。
表面のガラス部分が割れたり皹が入らない限り焼き付けられた顔料や鉄は酸化することなく酸やアルカリ性等の化学変化に強く殆ど経時変化がないと思います。

47年前の道標が今尚、鮮やかに残ってその役目を果たしている。
変遷の激しい現代にあってスローライフで頑張っている。
素晴らしい文化財だと思う。
風雨や寒暖に耐えてこれほど長く耐久性のある材質は石に匹敵すると思われます。アルミサッシだって自動車の塗装だって結局はガラス質の粉を塗装し焼き付けたものだろう。

このマツダランプの道標設置には悲しい事実が秘められている事が調べてゆく内に判りました。
それは昭和25年11月4日上越国境の谷川岳~三国峠へ縦走していた三井鉱山と東芝マツダパーテーがみぞれの悪条件もあって疲労凍死で5人が亡くなる事故が発生した。
その時、平標岳の道標は誰かの悪戯か?差し替えられてあった様でコースの現在位置を見失い時間配分を間違えるトラブル発生の要因となったらしい。(正確性、詳細は検索出来ませんでした。)
その事故の再発防止として東芝の山岳部の有志がマツダランプの道標を広い範囲で取り付ける社会運動を展開したらしい。

尚、余談ですが「マツダ」とはゾロアスター教の最高神であるアフラ、マズダ(AHURA MAZDA)で「光の神」「智恵ある神」だそうです。
自動車の東洋工業マツダも同じ語源らしい。


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