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山梨の山

登山と山と高山植物

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山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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黒川金山遺蹟

2009.05.20 18:05  投稿者:ootaminoru

何故武田軍団は強かったのか?

最近、甲府市の駅前、県民プラザへ来るお客様は県内の人が多い。
私は県民プラザの武田ワールドで観光のお客様に問いかけます。
そして私は次のように(私なりの解釈で)ご説明します。

①信虎がピラミッド状の家臣団を形成した。それを引き継いだ。
②兵農分離を当時としては最先端の程度まで進めた。(武田城下町の
 形成)
③金山経営による軍資金の調達
④臨済宗の僧侶より中国の知識や兵法を学んだ。
⑤甲州ご法度55か条の制定
ETC

しかし県内のお客様はこれでは納得しません。
武田信玄公の人望と度量の大きさ。即ち個人崇拝の英雄をご自分から話さないと納得しません。勝頼は器では無かったんでしょう。
で締めくくられます。

武田軍団を支えた経済的基盤は金山経営の部分が大きい。(直営ではなく金山衆なる独立の技能集団)
戦争は今も昔もお金が掛かります。
武田の金は黒川金山、湯の奥金山がその主力だった。

平成21年4月25日~6月15日まで県立博物館で「金ゴールド」の特別展を開催しています。
そしてその中の最後のブースは甲斐金山展となっています。
湯の奥金山、黒川金山の生産産業遺蹟の紹介、金の精錬法の最新の学術的報告、中世の金から甲州金。計数貨幣としての甲州金。等などです。

その関連事業として先日の5月16日 甲州市民会館で
甲斐の金を語ろう「金、銀、銅」サミットin甲州  が開かれました。
山梨県側からは 山梨県立博物館館長の         平川 南
        黒川金山の地元甲州市長        田辺 篤
        帝京大学山梨文化財研究所長      萩原三雄
        甲斐黄金村 、湯の奥金山博物館館長  谷口一夫

       が、挨拶や学術的な発表を。

県外からは
       佐渡学センター所長            石瀬佳弘
       石見銀山資料館館長            仲野義文
       別子銅山からは新居浜市歴史博物館名誉館長 末岡照啓
       石見銀山資料館名誉館長 京都国立博物館  村上隆

       から発表がありました。

叉関連事業として県立博物館主催で
       5月26日 黒川金山現地ツアー説明会
       6月06日 湯の奥金山現地ツアー説明会
       があります。

それに先立ち5月17日に私は友と二人で黒川金山遺蹟へ行って来ました。

写真1は黒川金山遺蹟  近代に入ってからの試掘口
写真2は鉱山に特定して生えるといわれる鬼羊歯
写真3は露出している石英脈(石英脈の中に金鉱が含まれることが多い)

山梨を知る。
この機械に是非、県立博物館の「金ゴールド展」をご覧になられては如何でしょうか。


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