昇仙峡の羅漢寺山(弥三郎岳)
2009.04.26 08:30 投稿者:ootamminoru

昇仙峡のロープウエイで頂上に上ったパノラマ台(1050m)の山が羅漢寺山です。
この記事はブドウおばさんの昇仙峡.続続編と同じ場所です。
交通機関によって(観察スピード)、感受性によって多少見るもの聞くものが異なって来ます。その辺りの妙がこの記事の持ち味です。両者を合わせてお読み下さい。
但し私の記事は登山者の観察眼であり一般観光客用ではありません。
観光、特にインバウンド観光を対象とした広報となるとブドウおばさんにはかないません。
この山の最高点はそこから10分ばかり尾根を移動した地が弥三郎岳(1058m)です。運動靴ならば誰でも弥三郎岳の頂上に立てますが大きな丸い御影石なので高度恐怖症の人は足がすくんでしまいます。下は断崖絶壁です。
同行の友も四つんばいになって上がって来ました。
この弥三郎岳を含めて羅漢寺山は山梨百名山に指定されています。
4月24日午後から昇仙峡の西側の敷島、清川側の獅子平から徒歩で登りました。
羅漢寺山の見所は花崗岩の岩山とその風化した白砂利です。
その羅漢寺山を形成している花崗岩は白砂山から羅漢寺山の岩壁を観察することによって達成されます。写真1で掲載します。
敷島の清川側の山腹は粘土質で樹木の生育に適する土壌です。全く地質が異なります。
敷島側からゆっくりなだらかな斜面の自然観察路を歩き尾根が羅漢寺山に見え隠れする頃から急に花崗岩の風化物の砂地や礫地に変わります。
花崗岩は地下の深い場所でマグマがゆっくり冷えて固まったものです。ですから成分が夫々結晶化しています。その花崗岩が地下の変動によって隆起して地上に顔を出し、更に隆起してやがて岩山を形成するに至ったものです。
尾根道は花崗岩の風化した白山(白砂利)、白砂岳を経て花崗岩の羅漢寺山へ到着です。
途中の山林は芽吹きで新緑が美しく、登山路の両脇にはヒトリシズカやヤブレガサやイカリソウの花、アケビの花を見ながらの散策でした。頂上付近には山桜とミツバ躑躅が咲いていました。
昇仙峡の特徴を語るとすればその景観(特別名勝)の源を形成している地質の解説をここでしておきたい。
金峰山付近に発達した花崗岩帯は下黒平の南の中津森の古仏層と接して姿を見せなくなるが昇仙峡の仙が滝の上から現われ昇仙峡の両岸を南方に延びている。敷島側では自然観察路の終点である宮沢橋の少し南からこの白砂利(白山)付近一帯までに及んでいる。
これ等の花崗岩は粗粒の黒雲母花崗岩で粗粒であるために風化しやすくパノラマ台やここ白砂利はそのような風化によって出来たものでる。
自然観察路「この付近の地質の解説」より。
写真1は白砂山よりほぼ同じ高度の羅漢寺山の山腹の崖です。昇仙峡の
岩壁の特徴を表現しています。
写真2は弥三郎岳の下の段の頂上です。後に見えるのが白砂山です。
写真3は手摺と自然石を掘り込んだ階段で弥三郎岳へ上がります。
ここ弥三郎岳へ登るとロープウエイでお金を出して登って来た
意味といったらよいのか花崗岩の山の印象が強く溜飲が下がる
でしょう。
独り言(オマケ)
古い時代、江戸時代から明治時代の初期だと思う。金峰山付近で水晶鉱脈が発見されて山梨県の地場産業の宝石、ジェリーの礎となった事は山梨県内の人には広く知られていると思う。
その水晶は花崗岩と関係があり、更に金鉱脈とも関連性があるだろう。
水晶も金も熱湯鉱床によって花崗岩の岩の割れ目のガマと言われる空間に出来るものが多いからです。
ですから大まかに表現するならば昇仙峡で水晶鉱脈が発見されても、金鉱が発見されても不思議ではなく、恐らく初期には昇仙峡の何処かで水晶が産出したのではないかと思う。
金桜神社の奥宮が金峰山であり、古い時代に下黒平、上黒平を通って水晶峠から金峰山にいたる信仰の道があった。甲府盆地から現在の金桜神社への道は複数あった事が知られているが敷島の清川経由が最も一般的だったのではないかと思う。
今回改めて羅漢寺山へ登って花崗岩の切り立った垂直の壁を観察してあの壁の生成は滝などの水流に依って削られて形成されたものと一人合点していたが、そうではなくて花崗岩は縦に裂け目が出来やすい構造を元から持っているのではないかと思う。それは地上に持ち上がる造山活動の影響で縦にひびが入りやすいのではなかろうか。
その事は金や水晶やその他の熱湯鉱脈に通ずる基礎的な摂理構造を持っているのだと思う。誰か?この辺りの見解を岩石学の専門家の意見を聞きたい。
その造山活動のスピードや温度、岩質などによって金鉱脈となったりならなかったり。水晶も同様。
追記しておくならば、瑞垣山へ昇る瑞垣山荘から暫く歩いて000小屋に到着する。そこから金峰山への道を分けていますがそのまま瑞垣山方面に進み途中の沢へ降りる手前の尾根から尾根通しに東進する道があります。その道は長野県の小川山へ行く山梨県側からの最短距離の登山道ですが殆ど廃道に近く倒木が閉鎖して歩きにくい。
殆どこの道は現在歩かれていません。
ここで注目すべき事はこの登山道の途中に尾根を覆う岩山が全て小さな水晶の結晶で表面を覆っている岩山帯を通過してゆきます。
丁度サウンドペーパーのやすり紙の結晶形を大きくしたようなものです。
太陽光に反射してピカピカひかります。
小川山の長野県側のキャンプ地は廻り目平で花崗岩の岩壁をクライマーがよじ登る登山基地になっています。
あの辺りも含めて金峰山一円はまだまだ発見させていない貴金属や宝石の原石が眠っていると私は思っています。


コメント(4) | この記事のURL | カテゴリー:四季・レジャー
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コメント
乙女鉱山の場所、分かりました。
山梨の山さんは何故そんなに博学なんだろうかといつも関心しておりますが、これからも皆さんに多彩な知識をおすそ分けして下さい。
乙女鉱山は地籍としては山梨県山梨市牧丘町柳原です。
山梨県の水晶、珪石は掘りつくしたのではなく現在ブラジルなどの安価な原石が容易に輸入されているので採掘していないだけだと考えるべきです。
従って立ち入り禁止にして採掘権並びに地下資源の保存を固めているものと思います。
乙女鉱山は昇仙峡と少し離れています。
手元に山梨県の地図を置いていませんが乙女鉱山の位置は金峰山の山塊と見てそのグループと見て良いのではないかと思います。
乙女鉱山の位置は従来、牧丘の乙女坂から侵入したそうです。
現在クリスタルラインが走っていて乙女高原と称する地点が最も接近した場所でしょう。
乙女鉱山の敷地内は牧丘と甲府市を画する荒川の支流の沢を挟んでいます。
南東側(牧丘柳平集落)の倉沢鉱山、北西の甲府市黒平集落側を乙女鉱山と呼んでいます。
金峰山南部に位置し第三紀中新世の黒雲母花崗岩体中に幅8から10mに至る珪石(石英)脈が走っているのだそうです。
この付近はたくさんの鉱山があり黒平、水晶峠、小尾八幡山、小川山、川端下等で水晶、珪石、その他金属の採掘をしていました。
その多くは昔、金峰山信仰が盛んな時に金峰山への信仰登山路だった場所のように思います。
山梨市側には幾つも金峰山の里宮(金桜神社)があるようです。