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山梨の山

登山と山と高山植物

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山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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自分を見詰め直す(真暗闇)

2009.03.02 12:28  投稿者:ootaminoru

山川草木有佛性

昔から暗闇を売る商売を挙げてみました。
闇米、闇物資、善光寺の戒壇廻り、瞑想。
先の二つ、闇米と闇物資は別として後者は明らかに真っ暗闇の環境を精神的価値としています。

真っ暗闇の環境で自分を見つめ直し、自分を取り戻し、本来自分がなさねばならないことを見つけ出して行く。そして至らなさを見つけ出す。そんな見詰め直す道程の一つが座禅(瞑想)であるかと思う。

増穂町のダイヤモンド富士で有名な高折地区の右側高台に民宿「旅の宿ほたる」があります。一昨年になりますが、そこの女将から直接聞いた話なのですが新月の晩に民宿から付近の田圃へ蛍を見に出掛けた帰り道、民宿の家屋を覆った立ち木が母屋の灯かりを遮断している場所に至り懐中電灯を消すと真っ暗闇が出現したんだって。
都会から宿泊しに来た三組の家族は異口同音に[アッ]と驚き、真っ暗闇の中に放り出されました。
真っ暗闇の環境に身を置く事は夫々の人にとって生まれて初めての体験で大変感銘を受けたそうです。
三組の宿泊者にとって「民宿蛍」の衝撃的な体験は真っ暗闇を知ったことです。

私達の生活には真暗闇の環境は皆無に近い。常に何かが見えたり光が漏れた
リ。環境の中で対象物との距離や角度によって自分の位置を確認して生きています。
見る、聞く、触る、味わう、話すが五感だと思いますがその全てを絶った瞑想の世界があります。

禅(瞑想)の世界です。
真暗闇(実際は半眼です)
それは悪の世界でも恐怖の世界でも忌み嫌う世界でもありません。真っ暗闇でしか見えないものがあるのです。
真っ暗闇は自分の物理的な位置を映し出す為の一切の対象物がありません。
見えるのは自分の存在だけ。自分の自意識だけです。

朝日新聞1月8日28面に感情模索8「ファミレス現象に幻滅」の記事がありました。
その記事の最後に、現在の女学大生(神戸女学院)の関心事は窮乏そして東南アジアだそうです。
「人はその消費生活を通じて自己実現する」といった戦後の経済復帰から私達を支配してきたイデオロギーは少なくとも色褪せてみえて若い大学生には急速に力を失いつつあるそうです。

アジアの臭いを失い。アジアの中で霞む日本。グローバル市場経済。行き着くところはアメリカ合衆国の次の州として合併吸収されるか、次の時代を荷う中国の経済圏に取り込まれて吸収合併されて中国文明の一員と化すか。それとも、もう少し広い範囲で極東アジア、東南アジア、中近東圏の一員として聯合を組みながら独自の文明を持続させる道を歩むのだろうか。

女学生にとって一歩日本の国から東南アジア、中東に目を転ずるとストリートチルドレンや麻薬、人身売買、戦争被害、テロリズム、餓死、疾病などの現実があります。
つまるところ「人間擁護のインフラが整備されていない社会で人はどう尊厳ある生を生きることが出来るか?」という問に突き当たる。
そうした問題に自分を見つめ直すそうです。
「安全保障」に対して「生活安全保障」と言ったかな。


山岳、森林、高原、野生動物との共存、農業。それらの自然と人工の折り合いを付けた循環型の生活環境。
その環境や人が暮らす生活そのものが山梨県の資源だと思う。
しかしそれが山梨県の資源だと自覚しないと資源にはならない。
それは、自分を見つめ直し、自分を取り戻す事が出来るに相応しい環境なのだと思います。

生活しながら生を横臥しながら、知らず知らずの内に座禅を組む行為に相通じて瞑想にふける、即ち闇を体験出来る数少ない環境だと思います。

これが山梨県の最大の財産であり資源だと思う。
吉野熊野の世界遺産は霊場と参詣道の紀伊山地が持つ多様な信仰が守られて来たことを宝物だと地元が自覚したからこそ、その価値を認められて世界遺産になったのだと地元関係者は言っています。


コメント(2) | この記事のURL | カテゴリー:オリジナル観光ルート

コメント

gayaさんこんにちは

短い文章で富士山の世界遺産登録に向けてのコンセプトは何か?そして私のスタンス?の問に答えるのは難しいです。
しかしチャレンジしてみます。
但し、コメントとしてではなく近い内に正面からブログに思うところを書いてみたいです。
読んでね。

①紀伊山地の霊場と参詣道の世界遺産を構成する高野山や吉野大峰山、熊野三山の景色が素晴らしいから世界遺産になったのではなくて、修験道、真言密教、神道などの異なった種類の霊場が道でつながり深い自然の中で共存して来た点に意味がある。それは日本人独特の多様な自然観、信仰心を象徴しているからこそ世界の宝だと判断されたものだ。その認識を地元の人が持っていたことです。   即ち「多神教」の教義を体内に保存し実践してきていた。

②富士山も万葉集の山部赤人に歌われた「神さびて 高く気高き」とあるように古代から神の山だった。
それを発展させたのは修験道と富士講だった。
しかし明治期に神仏分離政策で神仏混合といった日本人の信仰の形が壊された。
天皇家に直結した伊勢神社を頂点とする国家神道で価値観を統制し他を排して近代化を突っ走って来た。
修験道は諸々の神と仏を一緒に拝むことを基盤とする宗教なので解体された。富士山はそれまでは間違いなく信仰の山だった。富士修験道の解体で精神性は消えて唯物的な観光の山になった。
大自然を拝むといった日本人の価値観が消えた。

アミニズム(自然崇拝)と八百の神、大乗仏教の生きとし生けるののとの共存即ち多神教。
その代表が富士山だ。聖地性を再び取り戻すことだ。
聖地を取り戻すこととは地元の人間がまず、富士山の聖地性を自覚することから始まります。

世界遺産登録は目的や終着駅ではなく保護の為の
叉創造のための第一歩なのだ。

③一神教(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、儒教等)に対して多神教(自然崇拝のアミニズム、大乗仏教)の教義の違いは21世紀の此れからの世界平和の構築の基礎とる問題としてクローズアップされてきています。
一神教は紀元前5世紀頃に出来た教義であって人間が地球規模の自然や他民族に比較して限りなく弱い時代の産物であり、他を滅ぼし打ち勝って生存する選ばれたものの哲学なのだ。選ばれた者のみが正しい。他者は邪悪なものだ。
一方、仏教だけが、そして原始アミにズムだけが自然界の一員として細々とでも良いから片隅に置いて頂いて自然界や他宗教の人々とと共存しようとする哲学から成り立っています。

21世紀の現在、地球規模での自然との共存、他民族、他宗教との人類の共存が大切です。自分の生を大切にすることはお互いに生を慈しみ共存することから全ての倫理学、宗教、社会制度、経済システム、政治制度を構築してゆかなければならない新しい時代に入って来ました。
今日も沢山の人が戦争で死んでいます。
もう一神教では生存が危ぶまれる時点まで来てしまいました。
全てが対処療法であり、戦争の真の原因を掴んでその上の対策になっていません。
オバマさんも結局対処療法の域を出ないと思います。

いたずらに多神教が正しいと声を荒げて教義の理念を語るのではなく、生きている人間の苦しみの姿や声を聞く事から開始されるべきなのだ。そこから具体的に行動する行動工学が必要なのだ。
身延山久遠寺も同じだけれども現在の仏教は死んでいます。

本来の釈迦や宗派の教祖がそうであっただろう、その時代の中で生きた人間の声を耳を傾けて苦を聞きだし取っ組み合って始めて人の心を掴んだのだ。
そうする事のみが本来の大乗仏教の姿に戻れる行動工学の精神だと思う。

そうした第1歩を富士山とここ山梨県の峡南の身延山久遠寺(たまたま地元なので)に私は携わって行きたいと思っています。
日蓮宗が素晴らしいとか正しいとかではありません。むしろ、かなり一神教に近く大乗仏教としては異端性のある仏教ですが大乗仏教であるので何とか我慢してあげてコンビを組みたいと思っている次第です。
アハハハハ。

この小論は山梨日日新聞21年2月24日14ページ「富士山との共生探る」から要約したものです。


追伸:身延山久遠寺、富士山五合目、鵜飼山東妙寺などの日蓮縁の観光資源をテーマにした観光ツアー立ち上げの為の3月20日のモニターツアーに参加申込みを身延観光センターにしました。
受けて呉れそうです。もし貴方を含めて読者で興味あれば申し込みませんか?ごっしょに富士山と大乗仏教を考えて見ませんか。

「頑張れ仏教」です。


投稿者:otaminoru: at 2009/03/03 17:38
いつだったか、都内で開かれた世界遺産熊野古道フォーラムに行きました。
写真家、森林を守る人、曼荼羅を英語で説明する人等の講演があり、地域の人達の一体となった活動が大切なことを感じました。
熊野古道は、神武天皇の時代からのストーリーがある?
富士山のストーリーは? 世界の共感を呼ぶための。
投稿者:Y.Gaya: at 2009/03/03 15:08

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