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山梨の山

登山と山と高山植物

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山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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廻る季節

2011.03.31 19:57  投稿者:ootaminoru

東北関東大震災後の経過を固唾を呑んで国民が成り行きを見守り、何かお手伝いが出来る此処がないかと気をもむが、個人としては義援金を供出する位しか当面お手伝いが出来ていません。
山梨県としての地方自治体としては被災者の緊急避難所を開設して受け入れ体制を整えていますが、民事として信玄公祭、石和の川中島祭が中止としました。叉市町村レベルの花祭りも中止するところが多いだろう。


一方で、福島原子力発電所の放射能漏洩問題は人間が始めて体験する深刻な事態が続いています。安全安心への道程は遠いようだ。

こうした人間社会の憂いとは別に季節は何事もなかったように進行しています。
野にはホトケノザ、オオイヌノフグリ、ハコベ、ナズナが咲き、休耕地には菜の花が咲いています。
白木蓮の花は峠を過ぎ、サクラはエドヒガンザクラ、コヒガンザクラが満開ですし、いよいよソメイヨシノが開花しました。
甲府城の巽曲輪のサクラは3月29日現在二分咲き位の開花になった木がありました。此処は陽だまりで塀で囲まれているので場内で一番早く開花します。
浮か...


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新芽

2011.03.23 01:29  投稿者:ootaminoru

野薔薇の新芽です。

東北関東大災害の被災者には何の励ましにもならないのかも知れませんが
生命の萌え出姿を見て下さい。

私の教え子の三人を含む三家族(日系ブラジル人)が地震の影響で夫々ブラジルに帰国することになりました。
本当に、突然のお別れです。

小学2年生二人、5年生一人です。
彼ら彼女らはブラジル語を母語として外国語として日本語学習をしていました。
私は日本語を指導しています。
現在22名を複式授業で2クラスに分けて指導しています。

餞別として教室で歌っていた日本の童謡唱歌集のCD4枚(60曲)をプレゼントすることにしました。歌詞付きです。
前を向いて生きて欲しい。
大人になって自分の人生を振り返る余裕のある時が来たら日本の童謡を歌って欲しい。

幸多かれと祈るばかりです。
平成23年3月23日  さようなら


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妙泉寺エドヒガンザクラ開花

2011.03.21 22:02  投稿者:ootaminoru

中央市の妙泉寺にエドヒガンザクラが開花しました。

今日、3月21日はお彼岸で本堂で法要があったらしく読経が聞こえました。


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甲府城に白木蓮

2011.03.21 21:52  投稿者:ootaminoru

白い鳥が群れて飛んでいるように見える白木蓮です。

この花が咲くとソメイヨシノ桜の開花が近い。
一気に春が押し寄せてきます。

平成23年3月21日甲府城稲荷曲輪にて


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甲府城コヒガンサクラ開花

2011.03.21 21:24  投稿者:ootaminoru

甲府城稲荷曲輪にコヒガンザクラが開花しました。

東北関東大震災の惨事とは別に季節の理どうりに今年も桜が開き始めました。自然の摂理は同時進行で人間に断わりなく進行します。
南無阿弥陀仏

平成23年3月21日撮影


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甲府城山の手御門寒緋桜

2011.03.21 20:55  投稿者:ootaminoru

3月21日(月)甲府城山の手御門の寒緋桜が咲きました。
ほぼ満開状態です。
この桜は緋色であること、つぼ型にしか開かないのが特徴です。

山の手御門の整備が2007年(平成19年)に完成し、その時に植樹された桜が寒緋桜ですが、樹が小さく目立たない。
その内、年月を経れば甲府駅北口の観光名所になるだろう。
現在の時点で山梨県内では極めて珍しい桜だと思う。
この山の手御門は甲府市によって復元されたものですが、どうしてこの桜を植樹したのであろうか。

原産地は中国南部から台湾だそうですが、一部品種改良されて日本の園芸品種とも言われているらしい。詳細不明
ただ沖縄では桜といえば、この寒緋桜を指すのだそうで、沖縄では野生化して桜の代名詞になっているだそうです。

エドヒガンザクラ及びコヒガンザクラよりも開花が早く山梨県甲府盆地では一番に観られる桜なのだ。

3月21日はお彼岸で祝日でしたが小雨が降って肌寒い日でした。
そんな事もあるのか、どなたもこの桜を観に来ていませんでした。
その内に人気が出るでしょう。
私の今年、桜見物第一号...


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レンゲソウ、つくし、たんぽぽ

2011.03.21 06:37  投稿者:ootaminoru

東北の朝晩はまだ冷たかろう。災害から10日目を迎えた。
まだ閉じ込められた家屋の中から救助される人がいた。
救助。救援。不自由とは言え取り敢えずの避難所での生活。
救援物資が充分届かないと言います。
やがて緊急物資が届き一定の安定した避難所生活に入るだろう。
それと共に災害後の緊張感が融けて虚脱感に沈み込む人が増えてゆくだろう。
生活の基盤の全てを失い絶望と孤立感が生き延びた人の生気を奪う。

これからが長い復興への道程だ。
沢山の人の長きに渡る支援が必要だ。そして沢山の支援の制度が必要だ。

昭和20年8月15日。
私達の父母はB29から投下される焼夷弾に依る都市全滅作戦の火災の炎の下を煙に巻かれながら潜り抜けて瓦礫の下から這い出して、生を維持した。
しかし隣りあわせで多くの人が戦災で亡くなった。
生き延びた人は生活の基盤を全て失ったが孤立感や絶望感は少なかったと言います。母は6歳になる兄、私は4歳、妹は2歳を抱えていた。
母の生きるエネルギーはその当時は、みんなが支えあう互助精神が、親類縁者が助け合う血縁関係が深...


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東北関東大震災

2011.03.19 22:28  投稿者:ootaminoru

3月11日14時36分頃東北宮城県福島県の太平洋沖を震源地とする大地震が発生した。
山梨県でも私の住む中央市と忍野は震度5の地震でびっくりした。

震源地に近い東北の太平洋岸では地震による倒壊、そして津波。更に翌日から福島県の原子力発電所の不具合の発生。
不明者の捜索、被災者の避難所への当面の最低限の救援。そして原子力発電所の不具合の対策。東日本の電力不足などなど、同時進行で対応に追われています。

死者6911人。死者を含む安否不明者は1万8千994人に達した。(朝日新聞3月19日より)
亡くなられた方へご冥福をお祈りします。被災者の方々にはお見舞い申し上げます。

まずは生命の維持と安全と安心から。
こんな時期に観光は自粛。
一言も観光に関する新聞記事やマスメヂアーの報道がありません。
観光山梨にキャンセルが相次いでいるだろうが、それを報道し言い出す事さえハバカラレル状況だ。

山梨県の最大のお祭である信玄公祭は3月23日に実施するか中止するか決定されるそうです。
春の高等学校野球全国大会は開催される事になりまし...


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この道は新しく出来た道

2011.03.13 21:15  投稿者:ootaminoru

新しい道が開通した。
県道市川大門線から昭和町イオンSC昭和店へ導く取り付け道路だ。

田園地区にある日突然、都市構造の核が誕生した。
広い範囲の商圏と称する消費地をドーナツ状に配置して新しい概念の都市構造の出現だ。
都市の核心部分は人口密集地である必要はない。
織田信長が安土桃山城の周囲に城下町を配置してその一角に楽市楽座を配置した。
企業城下町も同様である。
モータリゼーションの時代を背景とした日本の歴史になかった都市構造の出現だ。

実質的に遷都といっても良いのではないか。
遷都を決定するのは為政者でも役人でもなく、ドウナツ型に配置された城下町の消費者だ。
そんな風に思えた。

写真2は平成23年3月11日ソフトオープンしたイオンSC昭和店

写真3は甲府盆地から眺める新富士山展望場(イオンSC駐車場より)
都市の核の部分で富士山が見える。長らく甲府盆地の都市部の住人が失った富士山がそこに見える。


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甲府城の春一番(梅)

2011.03.13 18:30  投稿者:ootaminoru

甲府城の梅もほぼ役割を終えて早咲きのエドヒガンザクラ、エドコヒガンザクラにバトンタッチをしようとしています。

あと1週間か10日位で開花するのではないでしょうか。
私にとって春のサクラはいつも心の準備を与えず突然やって来ます。

甲府駅周辺の人の流れはそれ程変わっていないようだ。
空洞化が顕著になって久しい。

甲府駅の北口に立体的な歩道が付いたが藤村記念館だけで目新しい生活拠点や新名所は未だ誕生していない。建設半ばと認識したい。
その中で藤村記念館は孤軍奮闘して目新しい企画でイベントを出しています。

駅南口のココリはテナントの殆どが開店休業状態で、地下の生鮮食料品を扱うスーパーマーケットは既に撤退してシャッター街となっている。
リニアール工事中と張り紙が貼ってありますが、家賃を支払いそれ以上の売り上げを出して企業利益を出す自信のある業者はもはや居ないのではないかと心配します。
リニアールの仕様の問題ではなく、構造的にそれ程商圏が狭まってしまったということだろうか。

ココリ周辺の紅梅地区の再開発に公的資金が50...


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ハコベ

2011.03.05 22:38  投稿者:ootaminoru

春の七草ではハコベラと言います。
元々ハコベラが転化してハコベになったようです。
ハコベラもハコベも漢字は繁縷です。

ナデシコ科ハコベ属のこの草は世界中の温帯を中心に広く分布しているそうです。約100種あって日本には基本形が3種あります。

インターネットで調べたら沢山のハコベの記述に対して一つだけ麦の栽培伝播と共に日本にもたらされた史前帰化植物だと書かれているものがありました。 

ハコベは日本に元からあったと思っていましたので大変びっくりしました。
それが本当かどうかは私には解かりませんが、世界中で約100種ある中で日本には3種しかない。

私が想像するに、その事は植物の進化や発生分化の歴史の中で、つい最近渡ってきたことを表すものかもしれない。
即ち、原産地は例えば10億年の歴史と仮定して、長い年月の間に遺伝形質の変化(突然変異)が生じて沢山の種に分化する。その年月の長さが100種類を言い表しているとも取れる。
日本は原産地から外れで歴史年代の2000年前に3種だけ渡来した。
日本での年月が新しいので突然変異...


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菜の花や菜の花や

2011.03.04 21:25  投稿者:ootaminoru

菜の花や月は東に日は西に。与謝蕪村

菜の花はアブラナ叉はセイヨウアブラナの別名。
アブラナ科アブラナ属の植物で、古くは野菜として、叉は油を採る為に栽培されて来た作物です。原産地は西アジア、北ヨーロッパ付近で大麦畑の生える雑草だったそうです。
大麦の移動と共に拡散したと考えられています。
中国では漢代に栽培され、日本では弥生時代に伝播したと考えられているそうです。
江戸時代に入り植物油の採集のために大量に栽培された。食用のほか灯油として需要が拡大し消費された。

蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」は安永3年(1774年)蕪村が六甲山脈の摩耶山を旅した時に目にした菜の花畑を読んだとするものです。

菜の花も大和なでしこ、ではなかったのだ。どうだ参ったか。


平成23年4月4日撮影。


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ナズナ

2011.03.03 21:18  投稿者:ootaminoru

春の七草に名を連ねていますナズナです。平安時代に既にその名前が出てきて食用にされていたそうです。
中国では6世紀頃から食用に供されていた。
現在でも野菜として栽培品種が複数あり栽培され売り買いの対象になっているようです。

このナズナは麦の栽培と共に日本に伝来し文字の無い史前の帰化植物と考えられているそうです。北半球に広く分布しているそうです。

別称として、ぺんぺん草とも言います。
ぺんぺん草は野良や荒廃地にも生えるところから「ぺんぺん草も生えない」と称して荒廃した耕作不適な土地を言い表します。
アブラナ科のナズナ属の植物で、私が若い時分はアブラナ科を十字花科若しくは十字架植物と称していました。
十字花特有の四枚の花弁は十字架状に付くからです。

アブラナ科の野菜は沢山あり大根やかぶらや白菜、キャベツ、チンゲンサイなどなどの葉ものがそれです。
平成23年3月2日撮影


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オオイヌノフグリ

2011.03.03 17:39  投稿者:ootaminoru

瑠璃色で小さな宝石のようなオオイヌノフグリです。
明治初期にヨーロッパから帰化したと言われています。

このオオイヌノフグリとは別に在来種としてイヌノフグリがあります。
同じゴマノハグサ科の植物ですが前者は瑠璃色の花で直径8ミリほどであるのに対して後者は直径3ミリほどのピンクの薄い色です。

イヌノフグリとは犬の陰嚢の意味です。
可愛らしい花の植物に対してこんな名前を付けなくてもよさそうなものを。
今日、平成23年3月3日の朝日新聞の天声人語にアホウドリに関する名前も人間の愚行こそ当てはまるものであり名前を変えたらどうだろうかと。
そして、植物ではへクソカズラ、オオイヌノフグリも酷な名前だとやんわりと紹介している。
明治時代、物流については既にグローバル化が進み、農作物などにくっ付いて沢山の雑草が入り込んで来た。オオイヌノフグリ、ホトケノザそしてセイヨウタンポポ、ハルジオンなどなど、すっかり日本の春の雑草として君臨しています。叉、レンゲソウも緑肥として有用植物として利用されて来たが江戸時代前期に原産地、中国...


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ホトケノザ

2011.03.02 18:12  投稿者:ootaminoru

ホトケノザが咲きました。
平成23年3月2日撮影する。

春一番に畑や荒地に一番で咲く花にホトケノザとオオイヌフグリがあります。
ホトケノザはシソ科オドリコソウ属の植物です。花は小さいが実に綺麗な色をしています。
小さいが、どこにでもあるが為に、じっくり見られていない花の一つです。



この花とは別に春の七草でホトケノザがありますが、そのホトケノザはタビラコ(田平子)が正式の植物名です。キク科植物で黄色い花です。

図鑑などの記載ではシソ科のホトケノザはユーラシア大陸のアジア、ヨーロッパに広く分布し北アフリカにも。そしてアメリカにも帰化してあるそうです。

ほぼ全世界のどこにでも広く分布しているそうです。
しかし、日本では北海道にはないらしい。
即ち、亜寒帯や寒帯には存在しない植物なのだろうか?
私の偏見かもしれませんが早春に咲く野草は亜寒帯や寒帯が原産地だと思っていたのに。

こんな花をブログに載せても、どこにでもある花だから観光には結びつかない。そうかも知れない。
しかし、平凡で、どこにでもある野草かも知れませんが、季...


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和紙の原料三椏

2011.03.02 00:14  投稿者:ootaminoru

西湖根場いやしの里に和紙の原料三椏とその加工品を発見しました。
紙屋逆手山房の館の外に植えられている三椏。そして皮剥ぎした皮。そして晒した繊維。

昔、この地区で本当に和紙を製造していたかどうかは知りません。
しかし、山村に皮剥ぎされた皮を見たら現実感がありました。
人間の営みを感じました。


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西湖根場いやしの里の春

2011.03.01 23:44  投稿者:ootaminoru

水車が回っています。
草むらに福寿草の咲きかけの花を見つけました。

少し離れた位置から根場村落全体を眺めてみました。
昭和41年の災害で壊滅しましたが現在目の前に実存する村の造形はつい最近、観光用に造られたものです。

昭和9年でしたか、岡田紅陽氏が撮影した根場村落と富士山を本沢川上流の山側から撮影した白黒写真は本当にこんな村落があったんだと実感させられました。

今回のいやしの里訪問で岡田紅陽氏の写真(コピー)が観れたことでした。


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オトウは土間で藁打ち仕事

2011.03.01 22:50  投稿者:ootaminoru

♪オトウは土間で藁打ち仕事、御前もガンバレよ。♪
故郷の冬は寂しい せめてラジオを聞かせたい。

窪田聡が作詞作曲した「母さんの歌」の歌詞の2番です。

作詞作曲した窪田聡は東京の下町生まれで戦時中に信州に疎開していたがそのころの思い出を1956年に作品として世に出した。
1956年は昭和31年です。

私の昭和31年は中学3年生で広島県呉市に居ました。
戦後の復興期から高度経済成長期に移行し始める時期でした。
昭和31年の流行語は「もはや戦後ではない」でした。

西湖いやしの里、根場の水車小屋の近くに藁打ち仕事の道具が展示されていました。
その昔、農業従事者は昼間明るい時間は野良仕事。夜は夜なべ仕事。
そんな、百姓の家族の風景は一般的だっただろう。
藁を打つ道具は杵というのでしょうか。

私には経験のない時代の農村の家族を歌った戦後の復興期の歌です。

私は39年に親元を張られて寮で寝起きする生活に入りました。18歳でした。
この「母さんの歌」はそのころの寮生で合唱した定番の歌の一つでした。

1母さんは夜なべをして手袋編んでく...


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