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山梨の山

登山と山と高山植物

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山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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寺本廃寺(寺本古代寺院)

2009.06.14 05:50  投稿者:ootaminoru

春日居に寺本廃寺があります。
寺本は春日居のこの地区の地名で、そこに遺蹟(礎石)が桃畑の中に残っている廃寺らしきものがある。その遺蹟の名前も何も解からないので寺本廃寺としたらし。市教育委員会の説明書きには寺本古代寺院跡としています。
地名の「寺本」も遺蹟と語り継ぎからの命名のように思われます。


甲斐国分寺と同等の時代に建設されたお寺です。甲斐国分寺とそれ程離れた位置ではありません。

白鳳時代(7世紀後半)。
その頃、中央政府は仏教を導入したので地方の豪族は先を競うようにして私の寺院を建設した時期だそうです。

豪族の私寺として、叉は山梨郡の寺として、甲斐国府の寺として、、、、と考えられるが現在ハッキリした事が解かっていないそうです。
いずれにしても山梨県内で一番古いお寺かも知れないと推定されています。

時代の判定には発掘される瓦の文様や形式からわかるのだそうです。

写真1は礎石などから推定される三重塔復元模型です。
春日居郷土館にあります。
同時代の大阪?にある寺院からの推定だそうです。

写真2は境内の概念図です...


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兜山(山梨百名山14)

2009.06.13 16:25  投稿者:ootaminoru

山梨百名山、兜山(913㍍)です。


笛吹市(旧春日居)にある兜山、大蔵経寺山の麓はその昔、甲斐の国府(首都)があった場所です。
大和政権が樹立し奈良に都をおいた律令中央集権国家が誕生します。
聖武天皇は東大寺を造営し大仏を鋳造します。そして諸国に国を置いて国分寺、国分尼寺の造営を諸国に命じます。甲斐の国の場合は一宮の国分寺、国分尼寺史跡がそれです。
そして国司を置いて律令国家の安定を図ります。口分田です。
春日居の地名の発祥となったといわれる奈良の春日大社、京都の賀茂神社等の文化をコピーします。春日賀茂神社です。
甲斐の国の国府は春日居の鎮目、国府、寺本周辺であったと推定されています。
寺本廃寺そのものであった可能性もあるそうです。
現在、春日居支所役場が寺本廃寺に隣接した寺本にあります。誠に当を得た場所だと思います。
叉隣接した国府に甲斐奈神社があります。
奈とは村とか町とか人口の集積地を表現する言葉だそうです。
「甲斐」の言葉がこのような神社名で残っています。甲斐の国の神社を束ねる総元締めの仕事をしていた...


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女高野山、長谷寺

2009.06.11 18:54  投稿者:ootaminoru

笛吹市(旧春日居町)に菩提山長谷寺(ちょうこくじ)があります。
長谷寺の案内掲示板にこの寺は平安時代隆盛を極めたそうです。

元々奈良県の桜井に長谷寺(はせでら)があります。凡そ8世紀前半の頃と推定されていて開基は道明上人ですが東大寺の末寺でしたが次第に独立し真言宗豊山派に分かれてゆきます。観音信仰で女高野山と言われ十一面観音が女性に優しかった。そこから駆け込み寺と異名を取った。牡丹が有名です。鎌倉の長谷寺はアジサイ寺としてこれまた有名です。

その奈良の長谷寺(はせでら)は女性に人気があり古典文学に登場し枕草子、源氏物語、更級日記も書かれています。
平安時代の初期に律令政治が行き届いていた時期に甲斐の国の国府にもコピーされたのが菩提山長谷寺(ちょうこくじ)だろうと思う。
その頃の山梨県の国府は春日居の国府、寺本、鎮目周辺にあったと推定されていて甲斐の国の律令政治の要の地で賑わったことでしょう。
その、山側の奥地が長谷寺です。その地は元々縄文時代からの斎場だった場所と推定され、時代が下がり、物部氏の守護...


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美しの森にツツジ咲く

2009.06.11 16:17  投稿者:ootaminoru

清里、美しの森にツツジが咲いていた。
サラサドウダンツツジと山ツツジとレンゲツツジです。
そうなんだ。
清里の売りの花はツツジだったんだ。

山ツツジは結構何処にでも、、、蓮華ツツジは甘利山そして柳沢峠の00窪平が有名だ。
サラサドウダンツツジは雲取山などの山地にはあるが、公園などには珍しいのでは。
そろそろ甘利山にも蓮華ツツジが咲く時期でしょう。

写真1がサラサドウダンツツジ

写真2が蓮華ツツジ

写真3は手前が蓮華ツツジで奥が山ツツジ


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赤岳(山梨百名山13)

2009.06.10 18:18  投稿者:ootaminoru

八ヶ岳の赤岳(山梨百名山13)

もう雪が解けた頃だろう。
何時もなら長野県の茅野側から入山するのですが、今回は一宿一飯の恩義ある山梨県に対する礼儀として清里側の県境尾根から登山をしました。
牛首山経由だったら雪が溜まる場所がないので安全パイとして復路の取っておいて、往路は、もしかして鎖場で雪があった場合登はんが困難な県境尾根を登ることにした。早めの判断、早めの退却が好ましい。

全てが順調な滑り出しでした。
しかし、心配した地点、七合目上の滝のコルで急斜面に設置されている鉄の鎖が雪に埋もれています。
距離にして僅か25メートルくらい。アイゼンもピッケルもない。
夏山装備では危ない。滝の途中からトラバースで鎖とハシゴを使って中段の壁を横移動して滝の流路の途中に入り込み落ち口まで鎖で這い登るルート。その滝上まで30メートル。
滑落すれば100㍍くらいの垂直な滝下へまっさかさま。

もしかしての予測どうりでした。

引き返しました。
下山途中に雨になりました。いよいよ入梅です。
あれ程鳴いていた鶯が全く鳴かなくなりました。
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観音霊場巡礼の旅

2009.06.10 05:10  投稿者:ootaminoru

上積翠寺の瑞岩寺の元の古寺であった深草観音(岩堂観音)霊場へは甲府市相川扇状地の積翠寺側からと石和、春日居側から大蔵経寺山のニルートが主にあります。
特に大蔵経寺山ルートは古代から巨摩郡と山梨郡との境界線であり、古代の律令国家の時期から栄えた石和や春日居地区を出発点にしていますのでその係りがあるのではないかと興味を引きます。
その時代の甲府市、特に相川扇状地の積翠寺は武田信虎が1518年に躑躅ガ崎の館を設置するまでは人里はなれた寒村だったと想像されます。
積翠寺の起源も信虎が要害山に詰め城を築いた1519年に信虎の寄進で出来た寺のようです。
寺伝に依りますとその時期は積翠寺の中興の祖だと言われていて起源はもっと古い時期とされていますが、、、人が居ない寒村にお寺の用向きは無かったのではないか邪推するのですが。

むしろ大蔵経寺山ルートが深草観音へのメインルートではなかったかと推測します。
深草観音(岩堂観音)は奈良時代の行基?にその起源発祥があったと言い伝えされていたと思いますが時代は下がって(文化文政...


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桑と苺と00

2009.06.09 15:31  投稿者:ootaminoru

山の幸

大蔵経寺山(山梨百名山12)

平成21年6月8日(月)
甲府市上積翠寺の要害山登山口に野生化したと思われる桑があります。
桑の実が熟し始めていました。懐かしい味です。
山ノ神の祠に手を合わせて出発です。

今日は要害山から岩堂峠を越えて鹿穴から尾根を東進し大蔵経寺山で下山しました。
途中に、イチゴと00もあり食べ歩きしました。
00は甘くてとても美味しいです。グミではありません。
00の名前を忘れました。思い出せません。
今日は一日、山中で誰にも会いませんでした。

山中では修験者になった気分です。
宮本武蔵を追って長い旅をしたオツウさんはさぞ、臭かったでしょうな。


下山した先は石和駅です。すぐ近くです。電車に乗って帰ってきました。
料金は甲府駅北口から積翠寺までバス300円、石和駅から甲府駅まで190円。昼の食事は家内が作ってくれたおにぎり一つにペットボトルに詰めた500ccの水。

物部神社と大蔵経寺に御参りしてきました。
時間が足りなくて、今回は御室山、山梨岡神社、寺本廃寺、積石塚古墳には行けませんでした。
行く...


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大蔵教寺山(山梨百名山12)

2009.06.09 13:22  投稿者:ootaminoru

石和で北東の方角?一番近い山並みを眺めると、大きくコンクリートで補修した崖のある山が大蔵教寺山(標高715㍍)です。
石切り場跡をコンクリートで崖崩れ防止補修したものです。
その麓に大蔵経寺山の名前の元になった大蔵経寺があり、並んで物部神社があり、その神社境内から登山口があります。物部神社の附属のお寺が大蔵経寺です。
大蔵教寺とは正式には松本山大蔵経寺ですがこの寺は奈良時代からあって、行基が開山したと伝えられる青獅松本寺です。
時代は随分下がりますが1370年、時の甲斐の守護であった武田信成が寺院を造営し寄進します。
足利義満の子(庶子)観道上人を講じてこの寺を中興の祖とします。庶子とは正室以外が生んだ子で父が認知した子。
その時に大蔵経を持ち込んだ教典をお宝とした真言宗智積派の寺としました。
大蔵経とは朝鮮半島の高句麗で1011年契丹の侵略、及び1236年元の侵略に遭い沢山の教典が消失したので高句麗で新たに再編集して編纂した教典を大蔵経と称する。その大蔵経が日本の室町時代に日本にもたらされて東京の増...


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旧芦川村のスズラン(山梨百名山釈迦が岳11)

2009.06.03 07:47  投稿者:ootaminoru

笛吹市芦川地区のスズラン

山梨百名山、釈迦岳(1641m)に登るつもりで家を出ましたが雷に怯えて登り口のスズラン見物だけになってしまいました。
釈迦が岳は甲府盆地から良く見えます。尖がっていてインドの仏舎利塔に似ているからそのような名前が着いたのだろうと思います。
頂上に二体の石仏が鎮座していますが名前の後添えだと思う。
面白いのは近くに神座山(黒打の頭)があります。どちらが先か判りませんが類を呼んだのだろうと思います。
私の推測では若彦街道(鳥坂峠、大石峠)及び日向峠(ドンベイ峠とセットの新道峠)を往来する旅人にとってすぐ近くの釈迦が岳は大変インパクトの強い存在であり、あの山の近くの峠を越えて旅をする目安として地元でも説明用に必要だったでしょう。



5月29日から31日まではスズラン祭と名を売って芦川支所から送迎バスなどが出ていましたが、混雑を避けて6月1日に行きました。
お目当てはスズラン畑(畑といっても人工的に耕作している訳ではありません。自然のなせる業です。)からセットで登る70分の釈迦が岳です。...


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山梨百名山要害山10

2009.06.03 06:20  投稿者:ootaminoru

山梨百名山の要害山(標高780㍍)は躑躅ガ崎の館の北方3kmの地で比高250mの山です。現在では登山道が整備されていて歩きやすく30分ほどで登れます。

この山は武田信玄時代の山城として知られていて国の史跡に指定されています。
築城以来何度も手が入り石積みなどの多くは後世のものである可能性も高いそうです。幾つもの門の跡や枡形虎口、クランク状の道、竪土塁、腰曲輪、竪堀、曲輪、土塁、井戸(諏訪水)、谷川への水汲みへの道、根古屋村落などの施設が残っていますが恐らく信虎、信玄、勝頼そして家康の時期に至る戦国時代後期の累積した改築の遺構だろうと言われています。
この山城は1519年に武田信虎が川田から相川扇状地の躑躅ガ崎の館に築城し引越して来ます。そして翌年に信虎が要害山城を築城したことが判っています。高白斎記に永正17年(1520年)に「積翠寺丸山をお城に取り立てられ、普請始まる。」とあります。
翌年の大永元年(1521年)駿河の今川家の家臣だった福島正成は自立して勢力の拡大を図り甲斐国に攻め込んだ。武田信虎...


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