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山梨の山

登山と山と高山植物

プロフィール

山梨県は山国です。
たくさん山に登ってきました。
その魅力は知る人ぞ知る宝です。しかし県内者を含めて知られていません。これからも自然の発掘に勤めます。ブログ初めてです。どうぞ宜しくお願いします。

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染井吉野がほぼ咲いてきた

2009.03.31 20:53  投稿者:ootaminoru

甲府盆地の中央部分。中央市、妙泉寺の染井吉野桜

枝垂れ桜は峠を越して染井吉野が5分~7分咲きくらいになって来ました。
先週末から寒い日が続いていて殆ど開花状態が進んでいません。

写真は3月29日現在


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送別会&卒業式

2009.03.31 15:34  投稿者:ootaminoru

3月下旬のこの季節は送別の時期であり卒業式の時期です。
何れも新しい態勢と体制で出発する門出です。

中央市国際交流協会日本語教室でポルトガル語と日本語の通訳をしていた男性が母国のブラジルへ帰る事になった。
彼は在日15年で日本語も堪能です。日系二世です。ファミリーネームに多根が付きます。
日本語堪能を活かして通訳として活躍していました。
そもそも中央市の日本語教室の創設者でもあります。仲間を動かし、行政を動かし、、、、、。



3月29日の日曜、日本語教室の6ヶ月間ワン、クールの卒業式(終業式)が行なわれました。
受講生にとっても一つの区切りです。
多根さんはそこで最終の通訳の仕事をして日本語教室関係者全員とお別れの挨拶もしました。

日本に来て15年、本人は言いませんが本当に頑張ってきました。
自分の生業としての仕事に、そして同郷のブラジル人に対する幅広い働き掛けに。
多くの仲間を得て幸せだったと締めくくりました。
ブラジルへ帰国して今度は日本人にポルトガル語を、日系2世には日本語を教えるそうです。
国際都市ブラジル...


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信玄堤

2009.03.31 06:05  投稿者:ootaminoru

武田信玄を語るとき、その国内の経営で話題になるのが治水工事です。
竜王の釜無川の氾濫原に川除け村落を作り川普請に当らせた。
現在の甲府市内への幾筋にも分流する暴れ川を鎮めて川筋を上流側から順に変えて南進させて現在の川筋に近づける基礎を作ったと言われています。

しかし具体的に川除けとは如何なるものであったのか、その工事の内容を記した記録は何も残っていません。
川除けの村落を作った事は永禄3年(1560年)に竜王河原宿として棟別役免許を条件に集住者を募集、永禄8年に近郊から50軒が移住して村落を形成した記録が残っています。
叉三社神社のおみゆきさんを復活させています。中世の早い時期から既に三社神社のおみゆきさんは行なわれていましたが中断していたか、若しくは荒川流域を守る為のもので上石田付近で行なわれていたと推定されています。
武田信玄は改めて盆地内の古い勢力をこの治水工事に関係付けて多くの人材を集約し提供する仕組みを作ったと思われます。

記録の多くは江戸時代以降のものです。
信玄が死亡したのは1573年で勝頼が...


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韮崎の鰐塚の桜

2009.03.31 05:45  投稿者:ootaminoru

武田八幡神社に近い鰐塚の桜です。
3月29日早朝に行きましたが未だ蕾でした。
あと5日から1週間ぐらいが満開でしょう。

ここのポイントは白い頂の八ヶ岳を旨く表現する事のようです。
桜の花と八ヶ岳の露出のバランス。
八ヶ岳の大きさの程度、即ち望遠比率。


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3月28日の甲府城(4)

2009.03.30 13:59  投稿者:ootaminoru

陽光桜と天守台

この濃い緋色の桜はどうも「陽光桜」らしい。

一昨年、県の観光振興課へ甲府城を案内する甲府城御案内仕隊から正式に舞鶴城公園内の主な樹木に名前を付けて欲しいと依頼しました。
特にこの桜の種類を特定して欲しいと依頼したのであるが、付けられた名前は「桜」でした。

世間の狭い私ですので間違っているのかもしれませんが山梨県ではここ以外に見たことない桜です。
日本海の富山県の小矢部に親戚がありますがその付近には結構植樹されている桜です。


もし写真の桜が「陽光」であるとするならば、陽光は染井吉野より1週間ほど早く咲いて大きさは染井吉野とほぼ同じ大きさで一重の花です。
とても緋色が強く派手な桜です。
陽光の特徴を全て満たしています。

ところが甲府城の天守台の傍にある陽光は少し八重がかっています。
陽光の一変種と言えるかどうかは解かりませんがバラエテー種なのだと思います。
このことの為に何方もこの桜が陽光であると言い切れない原因のようです。

今年は3月25日頃が満開でしたが、是非染井吉野桜が満開になる1週間前に甲府...


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3月28日甲府城(3)

2009.03.30 12:56  投稿者:ootaminoru

彼岸桜系の早咲きの桜が満開です。

彼岸桜は別名小彼岸とか小彼岸桜と呼ばれているそうです。
これとは別に江戸彼岸桜もありますが大島桜と彼岸桜の雑種だそうです。

どちらも染井吉野桜に比較して早咲きであり、花が小さくてピンクが濃いようです。
枝垂れ種とか、いろんな園芸種があり詳しい事は私には良く解かりません。

3月28日は土曜日ですのでビニールシートを芝生の上に広げて花見の宴が開かれていました。
日本では古くから(桜)花見と称して野外で飲酒を伴う会食が行なわれていたようですが外国ではどうなのでしょうかね。
日本独特のものかもしれません。

秀吉が有馬温泉で花見の宴を開いたのが有名です。
日本独特の慣習かもしれません。それは冬から夏への季節の切り替え時であり、生きとし生けるものの萌え出でる万物再生のこの季節を花見と称して和歌を詠んだりして喜びの共有化の宴を張ったのではと思います。
四季の明確な日本独特のなせる業かもしれません。
インバウンド観光の観光資源になりはしないだろうか。

県の史跡の甲府城は県の舞鶴城公園と称する公...


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3月28日甲府城(2)

2009.03.29 18:50  投稿者:ootaminoru

稲荷櫓の見える風景


二層の櫓が城内の角々にありました。
その一つを三年前に復元したのがこの稲荷櫓です。
そもそも稲荷櫓は明治時代初期までありました。写真が残っています。

稲荷の名前はこの山へお城を造る以前の一条小山に、ここに稲荷社があったことから土地の神さんを大切にする意味から城内の広場を稲荷曲輪と言い、そこに築く建物を稲荷櫓と築城当時に命名したものです。
誰が築城したか?何時? 
豊臣秀吉が天下の時代に家臣であった浅野長政が1590年頃から約10年掛けて築城しました。築城し完成したら1600年の関が原の戦いで秀吉軍(実際は2年前に秀吉は死去。西軍の大将は石田光成)が徳川家康軍に負けます。そしたらこの甲府城は無血で開城し家康軍のものになりました。

櫓の機能は有事に対して、二階から城下町を監視する目的であり、1階部分は倉庫で武器などを保存する場所でした。

現在この桜の植えられている公園の地は江戸時代域は城内であり薬草園でした。


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3月28日甲府城(1)

2009.03.29 18:30  投稿者:ootaminoru

甲府城内に薬草園のあった地です。

今は内堀が埋め立てられて道路になってしまいましたが当時はこの公園は城内で薬草園のあった場所です。

そうした故事から桜の植えられた公園になっているのは何となく頷けます。

写真1は滑り台で赤い服を着た女の子とお祖父さんだと思われる人が何回も滑り台を降りていました。

写真3はお聞きしましとところ、屋形からお祖母さんと桜見物に来たお孫さんのようでした。
お祖母さんは車椅子に乗っていますが大変元気で私と言葉のやり取りをしました。とてもしっかりと受け答えをしていただきました。

毎年毎年桜を見るのが楽しみだそうです。今年も桜を見ることが出来たと感謝するそうです。
九十九歳です。

平成21年3月28日(土)


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私の城下町

2009.03.29 18:14  投稿者:ootaminoru

3月28日の桜。

甲府城の桜を日を追って紹介します。
城内の桜も綺麗ですが樹下町からのお城の風情も大好きです。
お城は誰の物か?
見る人のものだ。お城と共に暮らす人のものだ。

この時期、甲府城桜見物に市内の人が三々五々訪れて下さいます。
3月28日(土)の昼下がり、五分咲き位の桜でした。
稲荷櫓下の城外の公園が見える藤川沿いの路地からの撮影です。


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人は見た目が9割

2009.03.28 16:27  投稿者:ootaminoru

言語以外の伝達97パーセント
竹内一郎著 新潮新書

犬は言語を話さない。
犬は見た目が100㌫。

近い内に「世界一お馬鹿な犬が教えてくれたこと」を観にいって来よう。

私の友人は極めて温厚である。
本気で怒っているのを見たことがない。

それでも、体裁として吼えている時がある。
それは自分の存在を一応知らしめる為であり、怒り狂っているのではない。

飼い主に依ると「意気地がない」と評価しているが、そうではなく、こだわらない性格らしい。少なくとも臆病なのではない。
満3年の元気な盛りの雄の成犬です。


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花粉付け

2009.03.27 17:04  投稿者:ootaminoru

スモモの花粉付け作業

自家受粉では良い果実が出来ないので他の木の花粉を受粉させます。
他家受粉です。

竹竿の先に鳥の羽が付いていてその羽で次々と花をなぜて行きます。
隣の木の花粉が添付される訳です。


三枚目の写真は露地栽培の果樹園で綺麗に耕して草を生えないようにした栽培方法と、草を生やして路地面を被覆させ草地栽培があります。
草地栽培は仏の座がびっしり満開です。


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六地蔵尊

2009.03.25 08:47  投稿者:ootaminoru

市川大門の宝寿院
真言密教のこの寺の歴史は古い。


宝寿院縁記によれば奈良時代の聖武天皇によって東大寺大仏造営の勧進に起用された行基菩薩に遡るそうです。
奈良時代の天平7年(735年)僧行基が祖国を巡り甲斐の国にも多数の寺院をたてて法相宗を広めたといいます。その寺の一つが宝寿院(当時の名前は平塩寺?)でその後、平安時代の延暦年間には法相宗から天台宗に改宗したと言います。更に天台密教は平安後期に至ると衰退し承久2年(1220年)に真言密教に替わったと言います。
叉鎌倉時代末期から南北朝、室町時代初期に掛けて臨済宗の禅僧として名を馳せた夢窓疎石が少年時代の11年間、19歳まで当寺で居住し学んだ場所です。
甲斐の国に再度来て元徳2年’1330年)には恵林寺を創建しています。
甲斐の国で鎌倉時代中期の渡来禅僧蘭渓道隆以来の仏教教化に努めました。

律令時代に口分田が制定されましたが甲斐の国では最も初期に市川大門の地は10世紀頃から崩れて最も古い市河の荘園が出来上がりました。
京都伏見の仁和寺子院である法勝院領市河荘...


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甲斐ーー癒しと古(いにしえ)発見の旅モニターツアー

2009.03.23 18:09  投稿者:ootaminoru

身延山の解かり易い観光的な魅力は枝垂れ桜だ。

春を待ちわびて染井吉野の開花前にちょっと早い身延山久遠寺の枝垂れ桜は絶好の観光資源な訳で遠寺詣でに出かけて来ました。

実は3月20日の春分の日に身延山久遠寺を含む県内の日蓮聖人縁の地等を廻る観光ツアー開発の為のモニターツアーに参加して来ました。

山梨日日新聞2月25日に掲載された記事で知ったのですが、富士河口湖町や身延町等の特定非営利活動団体(NPO法人)6団体が連携して、日蓮聖人と関係のある県内の寺院や史跡を含む信仰の地を巡る観光ルートの企画に取り組んでいます。
そのモニターツアーにアポイントをとって便乗させていただいた訳です。

県内に点在する日蓮聖人縁の地を含む信仰を訪ねる観光資源を結びつけて連泊型ツアーを提案するものです。それらの観光資源の案内は各団体のボランテアガイドが行なう構想だそうです。

観光資源としては①国家安泰を祈願したとされる富士山五合目経ヶ岳(今回は積雪の為パス)②日蓮宗の総本山身延山久遠寺③旧下部町古関の遊行僧木喰上人関係資料展示の木...


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タンポポ、桃、スモモ

2009.03.23 15:56  投稿者:ootaminoru

南アルプス市旧白根町の果樹園にて

①タンポポ
これは本物のタンポポです。西洋タンポポではありません。

②桃
少しだけ咲いていました

③スモモ
スモモも桃も桃のうち。

平成21年3月23日撮影



私達、山梨県に住む者にとってタンポポや桃、スモモの花は春の季節の恒例の風物です。巡り巡ってくる風景です。
しかし、関東地方の都市に住む人にとって山梨県の桃の花の素晴らしさを紹介したのは1977年(昭和52年)でした。

第1回白根桃源郷マラソンが昭和52年に開催されました。
私は当時甲府市に住んでいまして昭和53年第二回大会から出場しました。
昭和53年秋に千葉市に転勤になり54年に千葉市から出場しました。
昭和55年から千葉市を早朝に出発しバス一台を貸切って天台走友会50名体制で出場しました。以降10年間続きました。
当時は瀬古や伊藤国光など等国際マラソンでの日本選手の活躍は素晴らしいものがあり、健康志向とジョギングを楽しむ市民マラソンブームも頂点に達していました。

山梨県のスモモや桃や葡萄などの果樹が広く知れ渡る切っ掛けとなっ...


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南アルプス市藤田のスモモ

2009.03.22 08:58  投稿者:ootaminoru

春を楽しむ

南アルプス市(旧若草)藤田のスモモが咲き始めました。
平成21年3月21日。

釜無川の河岸段丘や南アルプスからの急流を下って幾筋からの扇状地へ花前線が登って行きます。
標高の下と上では10日以上のズレがあり、これから楽しめます。

スモモが咲いて桜が咲いて桃が咲きます。
野にはタンポポ、畑には菜の花、遠くの連山には雪が見えます。


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妙泉寺枝垂桜(その2)

2009.03.21 22:51  投稿者:ootaminoru

春を楽しむ。

木蓮とほぼ同じ時期に妙泉寺の枝垂桜が咲きます。
甲府盆地の中央部分、中央市の布施にある妙泉寺の桜はこの辺りで一番早い。
追うようにしてあちこちの染井吉野が咲き始めます。

明日の日曜日は雨だそうなので午後から桜の花を撮影に周辺に出掛けました。
①中央市の妙泉寺の枝垂桜
②市川大門の宝寿院六地蔵
③南アルプス市の旧若草籐田のスモモ


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妙泉寺枝垂桜(その1)

2009.03.21 12:52  投稿者:ootaminoru

平成21年4月21日
妙泉寺枝垂桜


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甲府駅の思想

2009.03.19 21:44  投稿者:ootaminoru

昭和60年駅ビルが建設された時に国際興業が寄付した宝石絵がこれです。
対として御坂山塊越しの富士山のモザイク絵があります。
昭和61年に甲斐路国体が開催されました。

羊飼いのミレーの絵です。

県立美術館の新装成ったミレー館に最近行って来ました。
この羊飼いの原画に対して次のような説明がありました。

ミレーが活躍したこの時代にフランスでは牧畜業従事者は区別(差別?)されていたんだって。
やはり定住農民の方が集約的な収益をあげられて村落を形成し文化的で、非定住民は一段低い身分として軽くみられていたらしい。
ジプシーの生活です。

そうした当時のフランスの社会的事情を知らないとミレーがこのようなバルビゾン村で描いた農民絵の羊飼いの絵画の持つ歴史的な思想的な意味を見出せないだろう。
私は決してこの絵は綺麗な絵画ではないと思う。

当時ミレーの絵画は評価されなかったが1867年のパリ万博で名声を得た。
保守主義的な人からは「貧困を誇張している」「社会主義的だ」との非難が纏わり付いていた。

こうした歴史的で思想的な絵と山梨県を今...


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フアンシーロード八番街

2009.03.13 16:26  投稿者:ootaminoru

フアンシーロード八番街

失礼ですが私にはこの名前に馴染みがありません。
平和通としか認識がありません。
しかし、かつてはこのファンシーロードが有名な名前であり場所だったのでしょう。


私はかつて甲府市の駅前通りやオリオン通りや春日町を闊歩した経験が殆どありません。
しかしミニスカートの時代にはこの駅前のファンシーロードやオリオン通りを闊歩する事が若者には何よりもお洒落な時代があったように思われます。
その頃の甲府駅前の若者のファッションは東京の銀座や有楽町?に順ずるものであり、この付近に出没し生息する事は最先端のモダンガール、モダンボーイのミニ東京の住民を意味していたと思う。
ここを歩く為に特別お洒落な衣装を身に纏いそぞろ歩きをした時期だったでしょう。
一極集中、山梨県では甲府市のこの辺りだし、日本列島の中心は東京だった。
若者はドンドン都市へと流れた。

フアンシーロードは甲府駅舎のエクランが建設されたのは昭和60年で昭和61年に甲斐路国体が行なわれましたがそれよりもはるか昔、昭和50年頃にフアンシーロード八...


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千秋橋からのお山

2009.03.12 15:55  投稿者:ootaminoru

甲府盆地、荒川に掛かる千秋橋からの眺めです。


①八ヶ岳。左側の大きな山塊は権現岳です。右側の切り立ったピークが赤岳です。

②南アルプスの白根三山の左から農鳥岳、間の岳です。北岳は見えません。

③甲斐駒ケ岳です。

あの山々の麓に人が住んでいます。

三寒四温の今の時期、里は雨で山は雪。一番峰峰が輝いている時期です。里の畦道にはスカイブルーの宝石、オオイヌフグリが咲いています。


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春ウララの千秋橋

2009.03.10 18:40  投稿者:ootaminoru

甲府市の荒川に掛かる千秋橋の上はもう春ウララでした。

この橋は中間に二箇所展望休憩場があります。

橋の袂は交通量の多い交差点になっているので、橋の袂で待ち合わせには向いていません。
橋の上ならば荒川の河川敷を眺めるのに最適です。

この日は暖かで春の日差しが強かった。

黒い鳥が一羽ビオトープの周辺を泳ぎまわっていました。
確か、ヒシクイと言ったかな。
菱の実か葉を食べるのかな。

橋も遊びの場にしてしまう。なかなか素敵です。


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甲斐駒ケ岳

2009.03.09 11:36  投稿者:ootaminoru

甲府市内からの甲斐駒ケ岳の写真です。

写真1は甲府駅南口の東側の道路で線路沿いで甲府城へ抜ける道の山梨交通百貨店とエクランビルの間から撮影したものです。正面奥に武田信玄公の銅像が見えますね。そしてロータリーに山梨交通のバスが入って来ました。
ここからの写真は冬季でないと欅の葉が邪魔をして撮影不可能です。

そんな事もありここからの甲斐駒ケ岳は山梨県の内外で殆ど知られていないでしょう。

写真2は平和通の県庁前の門の部分から撮影したものです。
写真3は荒川に掛かる千秋橋からのものです。

これ等の写真、特に前者二つは殆ど見過ごされてきている風景です。

着地型の観光の企画や立ち上げに有効な資源の発掘に役立つ価値観は何か?
①地域社会で見慣れた当たり前の価値観だけでは駄目。
②都会を覆うグローバルスタンダードの価値観だけでは駄目。

③両者のせめぎ合いの中でやり取りすることによって始めて発生する両者を包含する構造的な価値観だと思う。


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ご近所の親友

2009.03.08 06:35  投稿者:ootaminoru

ご近所の親友です。

私が五十嵐さんの家の前を通りますと尻尾を振ってフエンスに寄ってきます。
私は時節の挨拶をして、少しばかりお話をして頭をなぜて通るようにしています。

私が考え事をしていて無視して通ろうとすると大きな声で「ワン」と一声吼えます。

この日は小雨で雨降りの中を出て来てご挨拶をしに来ました。
この親友とは一度も口喧嘩をした事がありません。
先方も同じで実に好い交友関係を保っています。

ですがポチはポチで人間におもねる事はしません。
犬小屋で寝ているときは声を掛けても出て来ません。
薄目を開けますが決して自分の生活を崩しません。

ご近所との関係は深入りしないのが好いようです。


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小瀬の早春

2009.03.05 18:01  投稿者:ootaminoru

小瀬スポーツ公園

がらんとした公園。
時々ジョギングの人が通る。
草木も動物も冬眠中か。

生きとし生けるものが見当たらない。
皆冬眠しているみたい。

やっと見つけた。
鴨が追いかけっこをしています。
繁殖時期が近いのでしょうか?

その下を鯉がかなり活発に動き回っています。
橋の袂に昭和60年と鋳造されています。
昭和61年が甲斐路国体だった。

平成21年3月2日 北風強し


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右左口宿の早春

2009.03.05 15:09  投稿者:ootaminoru

一本の街道の両側は宿場町の家屋がびっしり並んでいます。
間口はほぼ10間くらいで家屋は5間(10メートル)ほどの間口で奥行きが物凄く長い。
75メートルくらいあると思いますが街道と平行して裏道が付けられていてその裏道の外れは畑になっています。

白菜と大根が日の光の中にありました。自家消費用だろうと思います。
越冬野菜です。
草むらに仏の座の赤紫の花が咲いています。


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中道往還右左宿

2009.03.04 14:27  投稿者:ootaminoru

中道往還は甲斐の国から駿河の国に至る最短距離の街道でした。
ですから駿河湾で獲れたマグロなどの鮮魚はこの道を通って甲府の商人街の繁華街へ運ばれました。一昼夜で馬の背に積まれて寿司屋、鰻屋その他飲食店、旅籠屋に魚介類が卸されました。
甲府盆地と富士五湖地方を隔てる御坂山塊の盆地側のドン詰りの宿場町が右左宿です。
街並みを拝見しますと繁栄した様が偲ばれます。

上宿の浄土宗の和尚さんに伺いますと昔ながらの右左口峠を越えて古関に出てそこから更に精進峠を越えて精進湖に至る街道はもはや、通行できないらしい。右左峠までの間が失われているらしい。
よおし、今年の夏は失われた峠道を探検してみよう。

1582年武田勝頼が新府場から小山田を頼って敗走する時に二手に分かれて勝頼を追って甲府盆地に乱入した織田信長と徳川家康軍でしたが家康の侵入路がここ中道往還であり、いち早く、右左宿の人は家康に従順します。
ここに家康の仮の陣屋が置かれたらしい。

この右左口宿は山崎ホウダイの生誕そして居住した地であり、現在は更地になっていまして住...


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間道、遊び道、正面道

2009.03.04 13:58  投稿者:ootaminoru

道にもいろんな用途と目的があります。

ここは県立文学館の道です。

①正面の道から周回道路への誘導路です。
周回道路の奥まった場所から駐車場に直接出られます。
職員駐車場や業者の搬送車などが出入りする場と裏門があります。

②遊び道です。散歩道です。
回廊式の日本庭園風になっていて緑が多い。

③正面の道です。
近代化とクラシックをミックスしたような重厚さを売り物にした玄関道です。左手に噴水と右手に芝生の丘があります。


小瀬のスポーツ公園は都市型のヨーロッパタイプの公園でここ、文学館と美術館の公園は日本庭園風になっています。
チマチマとした日本庭園樹木が植えられています。


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桑畑(右左口宿)

2009.03.03 15:15  投稿者:ootaminoru

手入れの行き届いた桑畑を見るのは久しぶりだ。

お雛様の節供に右左口を訪ねてみました。
中央往還の右左口宿の街道にびっしり家が並んでいます。その街道に平行して裏道が走っていてその間に間口は5間奥行きは75メートルくらいの横長の区画にびっしり家屋が並んでいます。
宿場町特有の地割がそのまま残っています。
裏道は山を背にした畑が広がっています。

この右左口宿の一番高い場所にあるのが上宿で、そこのお寺は浄土宗だった。
境内で生垣を治している住職さんに伺いますとこの辺りでは浄土宗は珍しいそうです。多いのはやはり禅宗だそうです。


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梅爛漫

2009.03.03 12:20  投稿者:ootaminoru

県立文学館で「地域が生み出す観光地」に参加しました。

2月29日(土)NHK甲府放送局主催のフォーラムでした。
午後1時半から4時までだったのでじっくり聞く事が出来ました。
地域活性化を伴う着地型観光の発掘や創生に実際に取り組んでいるパネリストから苦心談や方法論を熱い思いを語ってくれた。

地域がどのように結果として巻き込んでゆくか。巻き込まれてゆくか。
貴重なキーワードを幾つか仕入れることが出来ました。


それに先立ち庭園をゆっくり一周しました。
会議開催の場、提供誘致も立派な着地型観光の一つです。
そうした意味から今回の講演は梅爛漫の県立文学館を選んでくださった関係者に厚くお礼申し上げます。

考えてみると小瀬スポーツセンター等も環境としては絶好の会議開催地だと思う。そうしたじっくり話しが出来る、聞ける会議場施設があるのかないのかは分りませんが、多いに今後活用すべきだと思う。

無ければ、建設しても良いのではないだろうか。


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自分を見詰め直す(真暗闇)

2009.03.02 12:28  投稿者:ootaminoru

山川草木有佛性

昔から暗闇を売る商売を挙げてみました。
闇米、闇物資、善光寺の戒壇廻り、瞑想。
先の二つ、闇米と闇物資は別として後者は明らかに真っ暗闇の環境を精神的価値としています。

真っ暗闇の環境で自分を見つめ直し、自分を取り戻し、本来自分がなさねばならないことを見つけ出して行く。そして至らなさを見つけ出す。そんな見詰め直す道程の一つが座禅(瞑想)であるかと思う。

増穂町のダイヤモンド富士で有名な高折地区の右側高台に民宿「旅の宿ほたる」があります。一昨年になりますが、そこの女将から直接聞いた話なのですが新月の晩に民宿から付近の田圃へ蛍を見に出掛けた帰り道、民宿の家屋を覆った立ち木が母屋の灯かりを遮断している場所に至り懐中電灯を消すと真っ暗闇が出現したんだって。
都会から宿泊しに来た三組の家族は異口同音に[アッ]と驚き、真っ暗闇の中に放り出されました。
真っ暗闇の環境に身を置く事は夫々の人にとって生まれて初めての体験で大変感銘を受けたそうです。
三組の宿泊者にとって「民宿蛍」の衝撃的な体験は真っ暗闇を知...


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