TOP > ブログ一覧 > ぶどうおばさんの山梨見どころ記 > 伝統工芸を知る

プロフィール

山梨が好きなのに、とっさには山梨の
良さを言えなくて、少々焦る甲府在住
の人間です。
山梨に関する事、甲府に関する事を
調べてレポートしてゆきます。
そうした中で、山梨の魅力を見つけ伝
える事が出来れば、と、考えています。
 ジャンルは? ....いろいろデス☆


     

ブログ内検索

カレンダー

<< 201801  
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

バックナンバー

最近の記事

カテゴリー

最新のコメント

関連リンク

伝統工芸を知る

2014.11.21 18:28  投稿者:ぶどうおばさん

「やまなしの伝統地場産業」と題する講座が10月・11月に行われました。山梨の風土の中で生まれ受け継がれてきたこれらの伝統工芸は長い歴史と卓抜した技術によって支えられて来ました。
この講座は現在それらの職に就き各部門を牽引しておられる方々のお話を伺える全4回のシリーズです。

  第1回 甲州雨畑硯
  第2回 甲州印伝
  第3回 郡内織物
  第4回 山梨の宝飾


県内に住んでいると折に触れてこれらの伝統工芸の名は耳にしますが、どういう種類があるのか・どうやって作るのか・いつ頃から始まったものなのか・どんな生き残りの方法を見出しておられるのか等、実際にはよく知らない事が多い(私的感想で恐縮です)のが現状です。



 甲州雨畑硯
   「やまなしの名工」(伝統産業に卓越した技術者)の一人である雨宮正美
   氏による講義です。
   元禄時代に富士川支流の早川で黒い石(黒色粘板岩)を身延山詣での人が
   見つけ加工したことが「雨畑硯」の起源という説や、鎌倉時代に山岳信仰
   で七面山に登った人が石を見つけた事から始まったという説など有るそう
   で前者が有力のようです。
   硯の制作はまず石の良し悪しを選別し石の形からデザインを決め、たがね
   ・トンカチ・ノミ・砥石・紙やすり・彫刻刀で彫る磨くという全工程を手
   で行う作業とのことです。雨畑硯は墨おりが良く高い評価を受け硯づくり
   は江戸時代に盛んになりました。
   墨のすり方は、墨池に水を垂らさず平らな部分の真ん中に垂らし墨を垂直
   に立ててするのが正しい、硯に残った墨は紙でふき取り2~3回水を垂ら
   し拭けば洗わずともよいとお聞きしました。会場に様々な硯の実物や工具
   を持参して下さったので真近に見ることが出来ました。原石は手で持つと
   ズンと重く素人には高価なものか否かの見分けがつきません。表面に波の
   ような雲のような模様が浮き出て見える硯が最高級品だと教わり、実物も
   拝見しました。最近はプラスチックの硯に墨汁を垂らし書道をするやり方
   が定着し墨をするという行為がほとんど見られなくなっています。
   その一方で上質の硯の需要は有るので、この工法を伝え硯で墨をするとい
   う文化も残してゆきたい、と語られていました。

 甲州印伝
   鹿革にうるしで模様をつける印伝の歴史は戦国時代に鎧兜に用いられた
   事にさかのぼり、江戸時代には裕福な商人の巾着・タバコ入れに使用され
   明治以降はハンドバッグ・財布等一般の人の日常品に使われるようになり
   ました。一子相伝で伝えられてきた製造方法は燻(いぶし)・型紙での模
   様付けなど高度な技術を要し、防水性・柔らかさ・デザインに工夫を重ね
   て来られたそうです。柄見本を拝見すると花や葡萄・孔雀や鳳凰・波や
   幾何学模様など多種あります。

 郡内織物
   山梨県の西南部で江戸時代に広まった養蚕を元に絹織物が盛んになり享保
   ・元禄・文化文政にかけ隆盛を極めたそうで、江戸の越後屋や白木屋が買
   いつけに来たそうです。県内の繭が足りなくなると相模・駿河から購入し
   製糸・製織を行いました。
   甲斐絹(かいき)という言葉は明治初期の県令(県知事)藤村紫朗による
   命名で甲斐絹は光沢がありしなやかという特徴で知られているそうです。
   化学繊維が入って来ると甲斐絹は押され第二次世界大戦以降生産は低迷し
   ているとの事です。
   講義された甲斐絹座の前田氏は甲斐絹の柄見本をHPや冊子で見せて下さり
   会場にはスカーフや傘を持参して来られました。手に取ってみるとその軽
   さに一様に驚きの声が上がりました。
   現在は県産ブランドを作り(カプセルに入れて持ち歩けるシルクとして
   海外で人気を博す)ネクタイやインテリアや服にも製品を広げ海外の見本
   市にも積極的に参加したりブログで情報発信したり地域での協業に務めて
   おられるそうです。

 山梨の宝飾
   甲州市の縄文時代の遺跡からは水晶の勾玉や黒曜石の矢じりが出土してい
   ます。水晶は平安時代には陰陽を占う念珠として用いられ、鎌倉時代には
   仏像の白毫(額の中央にある玉)や両眼に使われるようになりました。
   元禄時代に京都の職人が金桜神社の社宝「火の玉・水の玉」を水晶で作り
   御岳で研磨技術を教えたため玉磨きを専業とする人々が出てきました。
   水晶は県内の水晶峠・乙女・八幡山・黒平・向山・竹森の鉱山から豊富に
   採れました。明治時代には神仏分離令により神社の御神体に水晶玉が必要
   になり裕福な鉱山主も現れました。県は鉱山開発を推奨し、県産の水晶が
   枯渇するとブラジルやスリランカ他から輸入し山梨県の加工技術は国内で
   も有数のレベルになりました。現在は水晶・ダイヤモンド・エメラルド・
   サファイア・めのう・金・プラチナ等宝飾全般の加工をしています。
   講師の先生は宝石の原石や研磨後の実物やレプリカを持参して来られダイヤ
   モンドの1カラットがわかるようにとサイズ見本を見せて下さいました。
   県内ではkoo-fu(クーフー)という独自のブランドも作られ「koo-fu
   コレクション」は国内外で発表されているそうです。



4回の講座を拝聴して、それぞれの伝統工芸についてかなり知る事が出来たように思います。 講師の方々からは、伝統工芸を守り残したいという情熱はもちろんのこと世の流れにブレない強さと自信、そして客観的な分析力が伝わって来ました。伝統工芸の匠達の切磋琢磨する姿がそこにありました。
県内や国内での販路の難しさゆえ海外に出て行ってアピールされる姿勢は素晴らしいと思う反面、もっと県民に周知する機会が有っても良いように感じました。織物の布見本には美しい柄が一杯です。例えば甲府駅の南北通路に伝統工芸の共同作品が飾られるなら人目を引くのでは?と思ったりします。
  題材は「四季の富士山」
        春 西嶋和紙の色見本を張り合わせて描く
        夏 甲斐絹の布見本を張り合わせて描く
        秋 印伝の端切れを張り合わせて描く
        冬 水晶や貴石・粘板岩をスライスしたもので描く

市役所や県立図書館を県内の著名な画家や工芸家の作品で飾るのも良いですが、地場産業にたずさわる人々の共同制作による作品を発表出来る場があったならなお素晴らしいと願ってやみません。


     (写真は講座で頂いたパンフレットから
          左は雨畑硯 右は甲斐絹の柄見本)
   

   
   


コメント(0) | この記事のURL | カテゴリー:イベント・祭

コメント

コメントを投稿する

ボタンをクリックしてもコメントフォームが開かない方は、
お使いのブラウザのポップアップブロック機能を解除してください。

▲Page Top