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山梨が好きなのに、とっさには山梨の
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の人間です。
山梨に関する事、甲府に関する事を
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そうした中で、山梨の魅力を見つけ伝
える事が出来れば、と、考えています。
 ジャンルは? ....いろいろデス☆


     

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甲斐の関所と手形

2012.10.24 20:57  投稿者:ぶどうおばさん

公民館の歴史教室の2回目として、甲斐の関所と番所についての講義を拝聴しました。


関所は藩の役人が担当し、入鉄砲出女(江戸に入る鉄砲や江戸から出る女性)を警戒し、口留番所(くちどめばんしょ)では村役人が物資の出入りをチェックした。関所破りは磔の刑にあたる。手形を持っていない人は金を払い裏道を抜ける方法もあった。他に、上野原にあった番所の略図や現在はどこに跡があるかなど説明してくださいました。
講師の林氏は何十年にも渡って郷土資料の収集をして来られ、今回も持参されました。


関所では通行人の持ってきた書類に押してある印を印の原本である判鑑(はんかがみ)や印鑑(いんかがみ)に照合して印が本物か偽物かを確かめ、書類が正規のものであるかどうかを判断していたそうです。
私達はハンコのことを印鑑と呼んでいますが印章というのが正しい呼び名で、印鑑は本来はハンコの原本を指していたとのことです。



通行する際の往来手形は寺や名主が一枚の紙に手書きした書類で、人々は胴巻きに入れたりして道中大切にしていたそうです。
女性用の女手形というものも有り、これには名前や年齢は書いて無くて「女弐人 内壱人小女」などの記載だけで”主である女性一人におつきの女性が一人”を表していたようです。



これらの興味深いお話も、実物(コピーやオリジナルのもの)を目で見られてこそ現実味が増す部分が多分にあって、「元禄」や「文化」などという年号もどことなく人々の暮らしを感じさせる具体性を持って来ます。
こういった資料は県立図書館(現在閉鎖中)でも一部見る事が出来るそうですが個人で収集保管し郷土史を研究する、そういう方がおられる事は貴重で、こういう方に郷土史を掘り下げていって頂きたいと思いました。

  (1枚目の写真 寺が出した往来手形
           林陽一郎氏の所蔵資料)
  (2枚目の写真 印の原本である判鑑や印鑑
           同氏の資料から)
                 2012年10月24日撮影


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