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山梨が好きなのに、とっさには山梨の
良さを言えなくて、少々焦る甲府在住
の人間です。
山梨に関する事、甲府に関する事を
調べてレポートしてゆきます。
そうした中で、山梨の魅力を見つけ伝
える事が出来れば、と、考えています。
 ジャンルは? ....いろいろデス☆


     

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中道往還 講義

2012.10.17 19:12  投稿者:ぶどうおばさん

身近な郷土の歴史を学ぶ教室が市内の公民館で開かれ、甲府から駿河に至る街道の1つ中道往還(なかみちおうかん)についての講義がありました。



甲府から静岡県に行く道の中で、御坂峠を通る道と富士川沿いを通る道との間に挟まれた中の道ということで中道の名がついたそうで、甲府から精進湖を経て東海道の吉原へ約80kmを1日で行くことが出来る最短のルートだったそうです。

駿河の今川氏が甲斐の武田氏を侵攻した当時は軍用道路として、後に物資を輸送する商業道路として使われてきました。ここを通ってタバコや炭や蚕の卵、そしてマグロ・アワビ等海産物が運ばれたそうです。中道往還には馬方約80人、馬は100頭以上いたそうです。
沼津で朝とれた魚は昼には問屋、夕方には吉原を出て翌朝7時には甲府の魚町に着くといった迅速さで、江戸時代の甲府勤番の武士はマグロの刺身も食べていたようです。


甲府から精進湖に向かう途中にある右左口峠(うばぐちとうげ)近くには右左口宿という宿場町がありました。現在は建物は造り変えられていますが、間口を同じ広さにする区画は徳川家康が整備した当時のままだそうです。

右左口峠を越える道は山路で、馬車は通れず徒歩か馬で越えていたそうです。講師の林氏は、馬子がかぶった笠・馬につけた鈴・関所を通る際に提示した鑑札・馬にはかせたワラジ(蹄鉄のない時代だったので馬用のワラジが必要だった)・取り引きの台帳などを持参していて、説明しながら見せて下さいました。
ちなみに、山梨県の特産品となっているアワビの煮貝は、甲府から吉原まで3日かかる御坂峠を越えるルートで開発された物とのことで、1日しかかからない中道往還ではアワビに醤油味が浸み込むひまがなかったとのことです。

リラックスして拝聴できる楽しい講義でした。




右左口宿には他にも、家康から賜った御朱印状が保管されていた宝蔵倉(内蔵品は現在は県立博物館に寄託保管されている)や天正10年に家康が滞在したときに仮御殿が建てられた場所につくられた「東照神君御殿場跡」の碑、厄除け地蔵、敬泉寺、御左口神社、歌人山崎方代生家跡の碑、宝永八年の刻印がある庚申塔などがあるようです。



山梨の民話に『強清水(こわしみず)』という話があります。
     昔、右左口峠に清水が湧いている場所があり峠を通る人々はこの水
     で喉を潤していた。上九一色村に、父親と働き者の孝行息子が住んで
     いて、息子は炭を焼いては炭俵を背負って峠を越え甲府に売りに行き、
     売ったお金で父親に好きなお酒を買ってあげるのを楽しみにしていた。
     ある日、炭が売れず息子は酒を買うことが出来なかった。 しかたなく
     竹筒に峠の清水を汲んで帰り父親に渡したところ、それを飲んだ父親は
     「こりゃあいい酒だ。」と言って喜んで飲んだ。不思議に思った息子が
     飲んでみると、やはりただの水。 それは息子の孝行を見て神様が
    清水を酒に変えたためだった。
     その後、右左口峠の清水のことを「子が飲むと清水」「子は清水」
     「こわしみず」と呼ぶようになった、という。
  強清水は現在は水は枯れ、跡だけ残っているようです。



中道には円楽寺という寺があり、修験道の開祖と言われる役小角(えんのおずの)の日本最古の像があります。634年に奈良県に生まれ幼い頃から仏教や儒教を学び山で修業を積んだという役行者(えんのぎょうじゃ)とも呼ばれるこの人物の木像は、鬼をも服従させる力を持っていたと言われるだけあって、見る者をギョッとさせ歩みを止めさせる憤怒の形相をしています。699年、妖術で人を惑わすとして捕えられ伊豆に流刑にされても、毎晩海を歩いて渡り富士山に登ったという伝説があります。
山梨県立博物館にこの像の複製があります。私は複製しか見たことがないのですが、畏怖を抱かせる程の迫力は人を超えた異形の世界を感じさせます。


   (1枚目の写真 馬用のワラジ、馬子や魚運搬人が使っていた笠
             蹄鉄のなかった時代、ひずめを守るために馬に
             はかせたワラジ。 笠は武士がかぶる笠より深く
             て小さめ。三度笠とも異なる。三度笠は三都笠[
             大阪・京都・江戸]の3つを結ぶ飛脚が使った
             笠のこと。    郷土史研究家林陽一郎氏所蔵)
   (2枚目の写真 甲州にあった9つの街道
             中道往還は左から2つ目の湖、精進湖を通るルー
             ト。   講義の資料より)
                                 2012年10月17日撮影
   (3枚目の写真 円楽寺の役行者像
             右足を曲げ左足を垂らして坐る像。
             「富士山講座」の中で講師の方により紹介された
              スライドから)
                          2012年10月13日撮影
                                   
                  


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