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山梨が好きなのに、とっさには山梨の
良さを言えなくて、少々焦る甲府在住
の人間です。
山梨に関する事、甲府に関する事を
調べてレポートしてゆきます。
そうした中で、山梨の魅力を見つけ伝
える事が出来れば、と、考えています。
 ジャンルは? ....いろいろデス☆


     

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酒折宮 連歌発祥の地

2011.02.06 10:33  投稿者:ぶどうおばさん

日本書紀には、”景行天皇の時代西暦111年に日本武尊(やまとたけるのみこと)
が東国を平定した帰路酒折に立ち寄り
  「新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる」
と家臣に問うと家臣は応えられなかったが火を燭していた者が
  「かがなべて夜には九夜日には十日を」
と詠んだので日本武尊はこの火燭人を誉め褒美を与えた” という内容の記載がある
そうです。(古事記では火燭人は焚き火番の老人となっていて褒美に役職を与えた、
とされているようです。)  日本武尊はしばらく酒折に滞在し甲斐国内を巡視しま
したが、旅立つ時火打石を入れていた「火打嚢(ひうちぶくろ)」を火燭人に授けた
のでその者は火打嚢を御神体として宮を建て日本武尊を守護神として祀った、これが
酒折宮の起源だと言われています。
2人で1首の和歌を詠んだこのやりとりは連歌の起源と言われ、酒折宮(さかおりの
みや•さかおりみや)は連歌発祥の地とされています。


2つの和歌を合わせると、新治•筑波から甲府まで九泊十日かかったということになり
その経路は相模国経由や秩父越えなど考えられているようです。

日本武尊(やまとたけるのみこと)は記紀に登場する皇子で伝西暦72〜113年だ
そうですが、研究者の中には4〜7世紀の数人の英雄を統合した架空の人物と考える
人もいるようです。倭建命(日本武尊)を祀る神社やゆかりの地は全国にあり、山梨
には他に富士山麓の北口本宮冨士浅間神社•冨士御室浅間神社•金桜神社•山梨岡神社•
山宮浅間神社等あります。


酒折宮境内には
  酒折詞碑
     日本武尊の功績を記念して江戸時代1762年につくられた碑
  酒折宮寿詞(ほぎこと)碑
     1791年に本居宣長が撰文し平田篤胤が書にしたもので酒折の宮が後代
     まで栄えるであろうという祝詞が記されている碑
  石柱 日本武尊御旧跡
     ”皇子日本武尊東夷を平定の還路此処に駐車し「にいばりつくば」の
     歌を詠ませ給う”等の由来が書かれた表示板が横に
  連歌の碑                          があります。


酒折駅に隣接していると言ってもいい場所にありながら拝殿は丈の高い樹々に囲まれ
社殿の背後には深い森が残る厳かな雰囲気の宮です。

  (1枚目の写真 酒折宮 奥が拝殿)
  (2枚目の写真 連歌の碑)
  (2枚目の写真 日本武尊御旧跡の石柱)
               2011年2月4日撮影


      
 


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