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山梨が好きなのに、とっさには山梨の
良さを言えなくて、少々焦る甲府在住
の人間です。
山梨に関する事、甲府に関する事を
調べてレポートしてゆきます。
そうした中で、山梨の魅力を見つけ伝
える事が出来れば、と、考えています。
 ジャンルは? ....いろいろデス☆


     

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仏像の手

2008.08.16 13:25  投稿者:ぶどうおばさん

以前、ボランティアのツアーガイドの訓練を受けていた時、居合わせたアメリカ人
から、 「仏像のこの手の形は、何を意味しているの?」  と尋ねられました。
甲斐善光寺の宝物館でのことです。  
              (上の写真は甲斐善光寺様のHPからお借りしました)

この宝物館にある木造の阿弥陀三尊像(重要文化財)を前にして、
さて.........、 困りました   .............。              


日本人の私にとっては、仏像は見慣れているし、阿弥陀如来もよく目にするけれど、
手の形が表す意味までは、考えずに見逃していたからです。
       「う、........勉強不足★★★」

結局その場では、「すみません、知らないんです。」と答えましたが、何とも
恥ずかしく後味が悪い.....。

山梨県にも、善光寺や恵林寺など名寺があり、仏像や仏画が所蔵されています。
       「ここはひとつ、遅ればせながら、調べてみよう!」


甲斐善光寺の阿弥陀三尊像は、阿弥陀如来ですが、もともと仏像は大まかに
4種類あって、
    如来ーーー最高の境地に達した、悟りを開いた存在
           阿弥陀如来、釈迦如来など
    菩薩ーーー「悟りを求める者」で、修行に励んでいる修行者
           観世音菩薩、地蔵菩薩など
    明王ーーー如来の教えに従わないものを、懲らしめる、憤怒の形相の仏
           不動明王など
    天部ーーー仏法のボディガード           とのことです。


また、
仏像の手の形は印相(いんぞう)と言い、基本的には、次の5つがあるようです。
          ( 真ん中の写真)
   施無印◦◦◦◦人々の恐怖を取り除く
   与願印◦◦◦◦人々の願いをかなえる
   禅定印◦◦◦◦瞑想に入っている
   降魔印◦◦◦◦惡魔を退治する
   説法印◦◦◦◦釈迦が説法しているポーズ

上記の形だけでは、何仏かを判別するのが不可能な場合が多いということで、
阿弥陀如来は、阿弥陀如来特有の印相にしているようです。
基本形をもとに、自分らしく少しアレンジなさったというところでしょうか。
          (一番下の写真)


そこで、甲斐善光寺宝物館の阿弥陀三尊像を見てみると、
    真ん中の阿弥陀仏は、 すべての人を救うために悟りの境地で瞑想している
    両脇の阿弥陀仏は、  人々の恐怖を鎮めますよ
               願いをかなえてあげますよ
               人々を救うために阿弥陀如来が迎えにきましたよ
ということを伝えていることが解ります。

               *
               *

仏像を見る時に、とかく外観の美しさや流麗さに目を奪われて、その仏様が発信して
いるサインを知ろうとした事はありませんでした。


でも、考えてみれば、仏像は美術的価値うんぬんの以前に、何より信仰の対象として
現れたものだったのでした。


印相により、その仏様のメッセージに気がつくことが出来るなら、これもまた、
仏像に対峙する際の大きな喜びになる、と感慨を一層深くしました。

質問を発してくれたアメリカ人観光客の方に感謝☆、です。
   


コメント(2) | この記事のURL | カテゴリー:歴史文化産業

コメント

非仏教国の外国人に仏教を伝授する。
そんな事が短期間にガイドとして習得出来るのでしょうか?
その際たるものが一神教と多神教の違いだろうと思います。

峡南地区の観光としてインパウンド研修として身延山久遠寺をターゲットにしているけれども、どれだけのインパクトが与えられるだろうか?
投稿者:ootaminoru: at 2008/08/18 14:34
コメント有難うございます。
日本に観光に来る外国人に対して、宗教を教える必要はないと考えています。形•様式に関する質問に答える程度にとどめおくべきだと思います。例えば、同じ仏教国の台湾に行ってさえ、そこの寺院で拝むことには抵抗を感じる日本人がいることでしょう。「信仰する」ことは、観光案内された場所であっても、あくまで個人の自由です。
身延山も同じと思います。違いを知る、その国の文化様式を知る、という範疇にとどめ、「信じる、信じない」
という心の問題に立ち入ることを目的とはしていない研修だと理解しています。
投稿者:ぶどうおばさん: at 2008/08/18 15:34

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