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自然に身をゆだねる(七面大明神)

2011.10.28 06:21  投稿者:ootaminoru

七面山の二の池に石塔があって「大自然妙法神力」と彫られていました。
その言葉が身にしみて感じられ、自然に身をゆだねる事の大切さを改めて教えられた登詣でした。

10月26日七面山に一泊で出掛けた。
87歳の年輩者と同伴で羽衣から敬慎院まで5時間40分で到着しました。
12時00分羽衣出発、敬慎院17時40分到着。夕闇が迫り足元が暗くなりはじめての到着だった。
羽衣の標高は300メートル位と思われ、敬慎院の標高は1700メートルであるから1400メートルの高度さを登った事になります。
途中4つの坊を通過しての登山でしたが参道は全て山の中で自然豊かなものです。

敬慎院では6時半から七面大明神のご開帳式、それまでに精進料理をいただいて入浴を済ませて。7時から1時間夕のお勤めに参列。9時消灯。
翌日27日は御前5時半起床。6時半から1時間の朝のお勤めに参加しました。
そして朝食。

ご開帳式及びお勤めは日蓮宗の儀式及び読経によって行われますが、僧侶12名で行われ、他宗では味わえない迫力満点の積極的なもので感銘しました。

この日の宿泊は私達二人を入れて四人でしたが、私は登山自体は4度目ですが登拝(宿泊)は初めてです。同伴の連れは始めての登山であり始めての登拝です。
前橋からの男性は65回目の登拝であり、松戸からの女性は73回目だそうでした。
両者とも日蓮宗の信者だそうですが七面山へ登拝しても必ずしも身延山久遠時に立ち寄るとは限らないそうです。
圧倒的に七面山登拝の回数が多く七面山の登拝が主体なのだそうです。
その訳は七面山は修行者の修行の場なのだそうです。

七面山は七面大明神をまつる七面山本社を中心に敬慎院の大伽藍からなっています。その儀式は確かに日蓮宗によって行われますが本尊は七面大明神であることです。
七面大明神とは日蓮上人がこの身延にお入りになる以前からの山中の神様であり、恐らく大和朝廷が出来る以前からの自然崇拝の神様であり、都人が東国へ移動する時にはその多くは海べりの東海道を歩いたと思われますが木曽川、天竜川、大井川、富士川の川を神聖なもの、恐れ多いもの、その上流を竜がすむ聖地と見立てたものと思います。
又、七面山は縁の行者によって開山されたとの言い伝えがあり、熊野吉野の蔵王権現、木曾の御嶽山、そして山梨県の金峰山も同様であり、修験道の山岳信仰の場所だったのです。
即ち在来の仏教の聖地でありましたが、後年、平安末期に外来のインド伝来の大乗仏教(日蓮宗)と出会い習合したものと思われます。
その習合した姿を現在に分かりやすく伝えているのが七面大明神だと思います。
修験道は山岳仏教であり、真言密教とも習合していますが日本古来からの在来の信仰です。
今回、私は山岳仏教である修験道の一端に触れたような気がいたしました。
それは、日蓮宗身延山久遠時は仏教の聖地であり、仏教を教義によって会得する場所でありますが、七面山は自然崇拝の自然に身を任せる場所であり、その事は信仰者としての精神や心を整える修行の場である事であろう。
信仰への道は知識や物知りによって得られるものではないからです。
その使い分けがなされている事を七面大菩薩のご開帳式や夕方のお勤め、朝のお勤めを通して知りました。

私は日蓮宗信者ではありません。敬慎院の日蓮宗によるお勤めは大乗仏教の一つとして捉えています。


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