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木蓮と石垣

2010.03.31 17:23  投稿者:ootaminoru

石垣を引き立たせてくれる木蓮です。

甲府城跡で築城以来400年の物的歴史遺蹟は何か?
それは石垣です。
石垣を残すのみで他にめぼしい実物はありません。

そうした史蹟から甲府城を眺めると石垣が主題となります。
石垣から甲府城の歴史を展開して説明してゆきます。
程ほどに、、、、それは

都市公園法に則り公園として眺めればこの時期の主題は木蓮でありサクラになるからです。

3月29日、午後から四台の観光バスが入りました。
夫々別々の観光会社による企画ですが何れも桜シリーズです。

韮崎神代サクラ、身延山久遠寺のシダレザクラ、塩山の中萩原じ雲寺のイトザクラそして甲府城の鍛冶曲輪のソメイヨシノをセットにした桜見物ツアーです。この時期の山梨県を代表する観光資源の一つです。

一台は一泊二日で宮城県仙台からのバス旅行でした。
幕末の旧新撰組と甲府城と板垣退助が率いる官軍の関係、甲府城の戦いに関する質問が出ました。
会津若松(福島県)の会津藩徹底抗戦及び同盟関係にあった仙台藩の平潟戦線の落城と対比して甲府城の幕府軍守備隊の逃亡による無血開城。そして甲州の鎮撫を仰せ付かった甲陽鎮撫隊の勝沼においての野戦に依る半日の敗退を話しました。

余りにも両極端の成り行きにお目目をパチクリ。
改めて自分の肉親(先祖)の戦役に思いを深められたのではないでしょうか。

会津若松、仙台平潟等の辰巳戦争の徹底抗戦は宮城県人には生々しい身内のの歴史として語り継がれて生きているのだと思いました。


史蹟しての甲府城と叉、公園法の公園(桜と木蓮)として明治維新を時代の切り口に偲んで楽しんでいただいたと思っています。

滝廉太郎の「荒城の月」を思い出します。

平成22年3月29日甲府城にて


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