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ソメイヨシノ桜開花

2010.03.21 08:38  投稿者:ootaminoru

3月21日の新聞に3月20日甲府気象台の庭に植えられている指標のソメイヨシノが開花したと報じています。即ち甲府盆地の桜開花宣言が出されました。

新聞報道に依ると平年より9日早い開花で観察史上三番目に早い開花だそうです。

これから一週間から10日間で標高の低い場所から満開になって行くだろう。

県内の桜の名所に繰り出すのも良し、近くのお寺や小学校の庭に行くのも結構。今年の春を祝って二度三度桜見物をしたいものです。

開花宣言に使われているソメイヨシノ桜は現在にほんの各所に植えられている桜の80パーセントを占めていて、それで桜の開花の指標にされているのだろうと思う。
そのソメイヨシノは明治時代になって日本の各地に植えられたものです。

ご存知のことと思いますがこのソメイヨシノは江戸の染井(現在の豊島区駒込)に伊藤伊兵衛.正武とその一族のみが1730年頃に植木職を営んでいて彼が大島桜と江戸彼岸桜を交雑させて新品種を作り出したのだろうと言われています。
既に正武は1710年頃、父の三条丞とツツジ、サツキ、カエデなどの交雑をおこなっていたという記録が残っているそうです。1720年頃には彼は徳川将軍家の植木職になっています。1720年に徳川吉宗の命令で飛鳥山に桜を植えた際の中心的な人物でした。
ソメイヨシノは伊豆半島にオオシマザクラと江戸彼岸桜の自然交配によって元々自生していたものを持ち帰って育てて育苗したとの説も有ったそうですが、現在では否定されています。実地検証と遺伝学や形態学から否定されています。

正武が桜の人工交配に取り組んだ時代背景として徳川将軍吉宗が隅田川や上野公園に桜を植えて庶民の遊ぶ場所をつくる政策を採ったことが挙げられます。

この桜は葉より花が先に咲くことが特徴ですが、この樹の特徴だけかどうかは解かりませんが寿命が短い事です。普通60年寿命、大切に肥培管理して寿命100年が一つの目安のように言われています。
江戸彼岸桜の1000年を越える樹齢に比較すると無理やりな人工交配で生物学的に無理があるのかな?との印象を受けます。
現在の全国のソメイヨシノは一代交配で全て染井の植木職人伊藤伊兵衛.正武が作成した一本の親木からの挿し穂によるものです。
ですから全国の何百万本あるか解かりませんがソメイヨシノは生物学的に全く同じ遺伝子を持っている同一のものです。

話は逸れますがこのような個人の遺業と名前を残すやり方があるんだなーと妙に感心してしまいました。

表向きは成長スピードの速さ、テング巣病、アメリカシロヒトリ、キノコ、煤煙、根元のコンクリート化、根元の踏み付け等の都市型の環境の悪さが樹勢を早期にそぐ原因といわれています。

写真は3月20日小瀬スポーツ公園にて


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