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山梨の山と川と土と人とをテーマに自分にとって何であるのか?どのように関連付けて生きているのかを書いてみたいです。

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吉田ルート頂上の茶店

2011.06.30 21:25  投稿者:ootaminoru

吉田ルートを上り詰めますと久須志神社です。

その久須志神社の並びに4軒の茶店が並んでいます。
昔は石室と称していたらしい。
早朝にご来光を見てこの茶店で休憩します。大概暖かい飲み物を注文します。横になって仮眠する人もいます。大方の人は徹夜で登山道を登ってきているので疲労困憊に加えて睡眠不足で寒いです。
諸人がお世話になった茶店です。有難う。

6月29日大日岳から撮影しました。
画像の奥に鳥居が見えます。その鳥居をくぐって頂上が久須志神社です。背後の山が久須志岳です。
久須志神社の前の大きな石の標識には浅間大社奥宮と書かれています。
冨士宮口浅間大社奥宮の分社と言う事だろうか。
久須志神社の里宮である富士吉田にある北口本宮冨士浅間神社との関連がよく分かりません。


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コノシロ池  祈武運長永  虎岩

2011.06.30 20:58  投稿者:ootaminoru

富士山なんか知っているよ

そうだろうか?
まず、山梨県人の何割が頂上を踏んでいるだろうか?
頂上に足を立てないと富士山に登った人の願いや気持ちが分からない場合だってあると思う。
県人の何割が登頂しているか?そんな統計数字は存在しないだろう。
しかし、私は50㌫を大きく割るだろうと思う。私の第六感では30㌫以下ではないだろうか。
県外者に「見て来たような嘘を言い。」である。
今年の夏は何万人登ったなんて自慢げに言わないで、まず山梨県人は自分が率先して登ってみましょう。

最初に富士山に登った人は誰でしょうか?
此花咲や姫、日本武の尊、聖徳太子、天智天皇、かぐや姫、役の行者?空海、桓武天皇これらは伝説上の人物でありその真否は分からない。

平安時代前半の学者で都良香(みやこのよしか)は富士山の頂上を見ていないと表現できないような写実的な頂上の風景を「本朝文粋」に富士山記 として書いています。凡そ西暦870年頃だろうと言われています。そのほんの少し前の貞観11年(864年)に北側斜面の長尾山付近から噴火し大量の溶岩が...


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富士山山開き

2011.06.30 05:53  投稿者:ootaminoru

7月1日から富士山の夏山開きです。
7月と8月の僅か2ヶ月で山梨県側の吉田ルート六合目の登山指導救援センターを通過し頂上へ向かう人は20万人を超えるそうだ。

6月29日梅雨間の晴天を利用して富士山に登って来ました。
準備万端お客様をお迎えする体制が整っていました。

登山道を塞ぐ雪を片付けるだけしか報道されませんが、お金と人力をかけて登山道の路肩の整備、下山道はすべてブルトーザーで地ならし。登山道の標識整備、安全安心に快い登山が出来るように整備されています。
山小屋のトイレの改造も行われています。

写真1は吉田口ルート下山口付近からの富士山内陣と対岸の剣が峰です。

写真2は吉田ルート頂上の休憩所です。

写真3は噴火口壁を撮影しました。
平成23年6月29日


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猫坂峠延期

2011.06.28 20:40  投稿者:ootaminoru

6月25日(土)金桜神社から猫坂峠を探索する予定でしたが、仕事の都合で延期しました。

ここでは6月9日の前回の探索から得た感想と写真を添付します。

甲斐国史(文化11年1814年)によれば現在の金桜神社は蔵王権現と記されています。
蔵王権現の境内に仏式の00堂と金桜神社が並存しているように記されています。ですから僧侶と神官の両方が蔵王権現を御祭りしていたことになります。その蔵王権現の周囲の御岳村には門前町として僧侶と神官と恩師の家(宿坊)が軒を連ねていたようです。
明治維新になって現人神である天皇制を採用しましたので廃仏毀釈により蔵王権現は仏教及び修験道部分を廃棄して神社部分の金桜神社のみとした。
現在のように金桜神社という呼称は明治以降のものと思われます。



写真2
金峰山への登山道には全体として石碑が少ない。
それは富士山のように講組織が発達しなかったからではないか。

金桜神社を出発して御岳川に沿って30分くらい林道を進むと開けて御岳地区の甲府市の簡易水道処理場らしき場所に達します。
そこの草生した荒地に...


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金桜神社から猫坂峠越えで黒平へ

2011.06.25 05:06  投稿者:ootaminoru

今日、6月25日甲府市御岳昇仙峡の奥の御岳町金桜神社から猫坂峠を経て下黒平への古道を探索してきます。特に猫坂峠までを正確にトレースしてみます。

実は6月9日に同じ道を探索したのですが途中で分からなくなり間違えて古い伐採道路に迷い込み黒富士の取り付きまで行ってしまいました。
尾根を越えて何とか甲府市御岳線に出て舗装道路を歩いて燕岩を経て下黒平まで歩きました。
甲府市マウントピア黒平のオーナーの藤原さんにお伺いして教えてもらい帰路は御岳線の月見沢付近の造林地から取り付いて尾根に出て尾根筋を歩いて鞍部分と思われる猫坂峠を探しました。が見つからず尾根を乗り越えて黒富士側の窪地に出て往路の伐採道路に出てしまいました。
藤原さんは黒平の住人で40年前までは少年の頃から何十回となく猫坂峠を越えて金桜神社まで歩き、そこからバスに乗って甲府市の市街地に出たそうです。
しかし御岳線が開通して以来一度も猫坂峠へ踏み入れたことは無いそうです。
そして黒平側の月見沢からの峠道はもう特定できない状態になっているそうです。

今日は...


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キバナシャクナゲ

2011.06.23 05:58  投稿者:ootaminoru

高山帯に分布する石楠花です。
石楠花はツツジ科の樹木ですが高山にはツツジ科の植物が多いです。
いずれも低木で樹木かどうか分からないくらい丈の低い樹木が多いです。
実際、多年草の草と主張する学者が居るほどほど丈の低いものもあります。

キバナシャクナゲは花の色がクリームないしは黄色ですので花の時期は見間違うことはありませんが、花の咲いていない時期の同等の標高でのアズマ石楠花は姿かたちが似通っています。
一般にはキバナシャクナゲは葉が丸く卵形をしていると言われていますが写真の物を含めて楕円形の葉のものもあり、アズマ石楠花との区別が難しいです。
私はその場合、葉を裏返して葉の表と同じ色で緑のものはキバナシャクナゲ
茶色いものはアズマ石楠花としています。
茶色いのは細かい毛がたくさん生えているからです。
石楠花はキバナシャクナゲ以外は私の知る限り葉の裏に毛が生えています。
柔毛とでも言うのでしょうか。その毛が茶色いのです。
アズマ石楠花の花の色は高山帯ではほとんど白か、もしくは少し赤がスリット状に混じっています。亜高山...


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這い松

2011.06.22 09:46  投稿者:ootaminoru

高山帯の植物の代表が這い松です。
松の緑が地表を這って地上1メートルから2メートルくらいを覆いつくし樹海を形成しています。

その樹海の林縁にハクサンイチゲやチョウスケソウやオヤマノエンドウや黄花石楠花等などの低木や草が生えます。そこがお花畑です。

写真1と2は6月15日八ヶ岳の地蔵の頭付近で撮影したものです。
写真3は6月20日北アルプスの西穂高の独標下で撮影したものです。


両者には姿形は差異は分かりませんが恐らく1万年以上前に袂を分けてそれぞれの地で土着して世代交代を繰り返してきたものと思います。
見かけは同じでも1万年の年月を経て土着した環境になじむための努力が行われて遺伝的に変異していったものと思われます。
将来、遺伝分析が更に盛んになり植物についても容易にDNA鑑定をする時代が到来すれば、そうした高山の植物のルーツを鑑定することにより古気象学や植物叢の分布や移動などなどが解明されて行くだろう。

八ヶ岳は地理的には南アルプス北部と隣接し釜無川の狭いV字峡を隔てた甲斐駒ケ岳や鋸岳や鳳凰三山と繋がって...


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オヤマノエンドウ

2011.06.22 09:16  投稿者:ootaminoru

八ヶ岳の主峰赤岳の岩礫地に咲いていました。
花期はこれからで7月から8月初旬が最盛期です。
北アルプス、八ヶ岳、南アルプス、木曽駒が岳、御嶽山、飯豊山地に生えています。北海道には近縁種のエゾオヤマノエンドウがあります。大雪山で私は見ています。

東北地方には飯豊山地以外は見当たらないらしく中部山岳地帯に分布が集中しているようです。
秋に登山をしますとオヤマノエンドウの大きく膨らんだエンドウの鞘を見ることがありますが数は僅かで花がたくさん咲く割には結実が少ないようです。多年草ですので地下の茎部分は越冬しますが、地上部は枯れて毎年更新します。種子から発芽して新しい個体へと定着するのはものすごく少ないのではないかと思われます。

これも神様仏様が私達の郷土に与えたもうたお宝です。
郷土の山、北岳では白根お池から草すべりを登って北岳肩の小屋付近で出会うでしょう。

写真は6月15日八ヶ岳の赤岳頂上付近の岩礫地にて


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イワカガミの花

2011.06.22 08:44  投稿者:ootaminoru

イワカガミ又はコイワカガミは山梨県の山にもあり特別珍しい植物ではない。
1500メートル以上の亜高山帯の森林の林縁や岩礫地に生えています。
標高が高くなるほど花期が遅くなるが凡そ6月から7月に開花する。
丁度梅雨の頃に登山をすると出会う花です。

横又は下を向いて咲き、なかなか雄しべや雌しべを見せてくれませんが花が終わり種になる頃は上を向きます。
花弁は花筒の中ごろまで細かく裂けて房状になっています。

自然が呉れた贈り物です。

写真は6月15日八ヶ岳の行者平にて撮影する。


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岩鏡の葉

2011.06.21 22:50  投稿者:ootaminoru

イワカガミの和名である岩鏡は葉の形態から名付けられたものだそうです。
それは光沢のある厚手の丸い葉が鏡にイメージするからです。

イワカガミは北海道と本州の亜高山帯~高山帯の草地、岩礫地、這い松帯の林縁などに生える常緑の多年草です。

写真のものは6月15日長野県茅野側から入山し八ヶ岳の赤岳の麓の行者平で登山道脇に咲いていたものです。
イワカガミは珍しい植物ではなく、どこの山でも亜高山帯~高山帯でよく見かけるものです。
ですが、私達の住む低地には見かけません。少なくとも自然界の環境では見られません。

山に6月から7月にかけて濃いピンク色の花が咲きます。
花の種類や数が少ない梅雨期の登山を彩る花です。

イワカガミについての思い出として私のつたない経験ですが西沢渓谷の東沢を遡上して甲武信小屋へ突き上げる沢登りを7月上旬に行いました。
両門の滝よりも上部だったと思いますが一面にイワカガミがピンク色に染めて群生している半日陰の斜面に出くわしました。広い範囲に斜面に高密度に咲いていました。

又北岳の池山吊尾根コースで鷲住...


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神が与えてくれた自然遺産(ツクモグサ)

2011.06.16 17:38  投稿者:ootaminoru

八ヶ岳に生えているツクモグサは大変貴重な希少植物だ。
別項でもツクモグサについて書きましたが、氷河期の生き残りで北海道の利尻岳、ポロヌプリ山、ニセイカウッシュぺ山、二ペソツ山、芦別岳、ピパイロ岳にあって、本州では白馬岳と八ヶ岳の二箇所しかないそうです。
私は白馬岳でも見ています。
飛び地のように限定された離れた場所に細々と生息しています。
何故、白馬岳と八ヶ岳なのだろうか?神様仏様が与えてくれたとしか言いようのない氷河期からの歴史的自然遺産です。

特に八ヶ岳の場合は溶岩の岸壁に挟まれた極めて狭い範囲の草付きにしか存在しなくて絶滅の危険性がありそうに思う。
尾根筋にある草付のものは二十年以上前からそこはかとなく観察して来ましたが、ここ数年、極端に他の植生に負けて個体数を減らしているように思う。
小さな限定された草付にしか生えていないのだ。

植物図鑑に依ると、このツクモグサは日本固有種とあります。そうなんだ。
日本にしかないのだ。北方領土などに母種や近縁種の残存の可能性があるように思いますが詳細はわかっていな...


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ツクモ草を見に行こう

2011.06.15 21:30  投稿者:ootaminoru

今日、6月15日梅雨の間隙を突いて八ヶ岳のツクモ草を見に行って来ました。

山梨県で希少植物と言えば北岳に生えているキタダケ草がありますが、もう一つそれに匹敵する植物は八ヶ岳に生えているツクモ草があります。
現在満開状態です。
ツクモ草は北海道と本州では白馬岳と八ヶ岳の高山にしか生息していません。きわめて珍しい植物です。
キタダケ草もツクモ草もキンポウゲ科に属しています。後者はオキナグサ属です。

正確に言いますとその群生地の地籍は長野県になります。
しかしながら山梨県と長野県の境界線である赤岳頂上から峰を一つ隔てた尾根続きの地にあります。
植物には境界線がありません。
山梨県清里方面から牛首山経由と県境コースで赤岳に登れます。そこから尾根続きで横岳方面に40分くらいです。日ノ岳と言う場所です。

写真3は群生地から八ヶ岳の主峰赤岳(2899m)を望みます。


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さくらんぼ狩り

2011.06.13 21:09  投稿者:00taminoru

6月12日(日)南アルプス市へさくらんぼ狩りに行って来ました。
高砂と砂糖錦だった。

遠方より6歳になる孫が息子夫婦に連れられて来ました。
6月11日(土)は午前中、小雨の降る中央市の豊富道の駅に行ってスイートコーン祭りでもぎ取りイベントに参加し、蒸しとうもろこしを試食してご満悦。
午後は晴れて愛宕の山こどもの国へ行きました。大型遊具アスレチックで大活躍。
12日はいよいよ、さくらんぼ狩りです。

孫は22世紀まで生きます。
NHKで放送していたが、今後更に平均寿命伸びて100歳を超えるだろう。と言います。
飢餓対策用遺伝子を活性化させることによって老化現象を遅らせることが可能になってきたそうだ。

山梨のイメージは孫の中で22世紀まで持ち越されるだろう。


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山梨市そま口の金桜神社

2011.06.10 18:12  投稿者:ootaminoru

吉野熊野の金峰山(蔵王権現)を中世の南北朝の時代に勧請したとされる甲州と信州にまたがる金峰山(蔵王権現)です。

古来、金峰山に登る登山道(山口)は甲州側に八つ、信州側に一つの合計九つあったとされています。
現在では古道の存在とは関係なしに自動車の入る林道が重機で奥まで開削されて、自動車道路の都合で大弛峠からと増富の奥の金山平からそして信州側では川上村の廻り目平からに習合して日本百名山巡りが行われています。
古来の道は現在では人が通わず忘れ去られて、崩壊が進み道筋さえ不明確になっている部分があります。
古来の登山道は金峰山(本宮)の里宮として山麓に里宮が設けられていてそこから登山道が伸びていました。
現在知られているのは南口登山道である塚原口 亀沢口 吉沢口(上道、外道)の合流点に甲府市御岳町の金桜神社があり、東側の登山道である山梨市そま口にもう一つの金桜神社があります。
現在、一般に知られている金桜神社はこの二箇所ですが、その昔はもっとあったのではないでしょうか。
言い伝えによると吉沢口(上道の入り口...


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金峰山

2011.06.08 21:39  投稿者:ootaminoru

しばらくブログを休止していました。
パソコンの不具合が発生し手も足も出ない状態が続いていました。

改めまして、山梨の観光そしてそれと両輪の地域活性化に関するブログを掲載してゆきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

5月25日山梨市側の金桜神社から柳平経由して峰越林道入り口のゲート迄自動車で入り、そこから歩いて荒川に下りて御室小屋経由で金峰山に登って来ました。
御室小屋の上の片手回し岩付近から雪が残り雪を踏んでの行軍でした。
御室小屋経由の金峰山登山道は甲州側から最も多く登られた道だったでしょう。
明治以後、登山はヨーロッパの近代アルピニズムの影響を受けてスポーツ登山として観光登山として繁栄を続けていますが、それ以前の長い日本の歴史の中で修験者を中心とした信仰のための修行のための登山の歴史が長く続いてきました。
そのメインルートが山梨市からのそして甲府市奥の両金桜神社からの御室小屋コースです。
金峰山は御嶽山とも言いますが蔵王権現山です。

写真1は 五丈岩
写真2は 御室小屋
写真3は 山梨市側の金...


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