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山梨の山と川と土と人とをテーマに自分にとって何であるのか?どのように関連付けて生きているのかを書いてみたいです。

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須玉黒森の里

2009.10.31 18:25  投稿者:ootaminoru

昨日ブログにmahorobaさんが増富ラジューム温泉郷の黄葉が紹介されましたが、その近くの信州寄りにある黒森の里の黄葉を紹介させて戴きます。

先ず増富そしてその本谷の上流の金山平は現在瑞垣山及び金峰山の登山口です。
増富温泉は多分にそうした登山客に利用されて来たものと思います。
現在もそうですが中世、近世の時代も修験者や山伏、時代が江戸時代に下がって道者が入山、下山して来る登山基地が金山平だったと思う。ここから甲府側には木賊峠を越えて猪狩りの金桜神社への道と塩川沿いの穂坂路を下り茅が岳山麓を横断して甲府に入る道が当時からありました。
一説では中世の頃(武田の頃)、金山平は金の採掘が盛んで同時に温泉が出たといいます。文献上確認させた史実かどうかは知りませが。
私は推測ですがむしろ「金峰山平」から語源が出ているのではないかと想像しています。

さて黒森ですが黒森村落は塩川を遡った甲州最奥の村落でその先は信州との境の信州峠です。信州峠を信州側に下りますと千曲川の源流の川上村です。
この街道を穂坂路といって武田...


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瑞垣山(日本百名山24)

2009.10.31 06:17  投稿者:ootaqminoru

瑞垣山(2230㍍)

花崗岩の山です。標高はそれ程高くありませんが特徴は岩峰がそそり立ち特異な景観をしている事です。瑞垣の垣はもっと難しい漢字ですがパソコンでは出て来ません。音読み、訓読みを知らないのですみません。
金峰山の隣に座し古い時代から金峰山信仰の巡礼路として瑞垣山も登られたであろう。
麓は落葉松の黄葉真っ盛りでした。
平成21年10月30日


写真1はみずがき山自然公園から頂上を
写真2は頂上から見る大ヤスリ岩

深田久弥は日本全国の山から100座を選んで日本百名山とした。その選定基準は必ずしも厳密なものではなく深田久弥が気に入った山100座を選定したに過ぎません。
その手法はそれ程、斬新だとは思えないがこれが当った。
そのお陰で山梨県は沢山の山が百名山に指定されて一級の観光地になっています。本当にありがたい事だ。
ナンセ全国に無数にある山から100座選んだ事は簡単に誰もが出来る事ではなかったし、それまで誰も気が付かなかったのではないだろうか。
最近では何とか百選(滝、樹木、清水など等)があるように思い...


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鳳凰山の名前

2009.10.30 05:35  投稿者:ootaminoru

鳳凰三山は地蔵、観音、薬師岳から構成されていますがその名前は何時頃付けられたものでしょうか。
柳沢吉保が甲府城の城主であった1710年頃に江戸の儒学者荻生徂徠が甲州を訪れていますが、その紀行文「峡中紀行」に鳳凰、地蔵、駒ヶ岳などの名前が出て来ます。「峡中紀行」は元文五年(1740年)の出版だそうです。
ですからその時代には既に薬師、観音までは解かりませんが鳳凰は名付けられていたのだと思います。
旧芦安村役場が所蔵する寛延三年(1750年)「甲斐国巨摩郡芦安倉村より同国同郡黒沢、山高、柳沢三か村山論裁許之事」の絵地図にはこれ等の名前が出ているらしい。
叉天明六年(1786年)「甲斐名勝志」文化11年(1814年)甲斐国志にも出ているらしいが全てではないらしく、叉里人も取り違えて複数の固有名詞で呼んでいたので明治時代の日本地図作成の時期に山の名前がハッキリしなかったらしい。官制で名前が付けられて以降の時代に大論争になったものらしい。

写真2は地蔵が岳です。 私はオベリスクと言っています、
    鳳凰三...


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西沢渓谷五段の滝

2009.10.28 20:23  投稿者:ootaminoru

西沢渓谷はやっぱり五段の滝ですね。
しかし、季節感を出し難いです。
月並みな写真となりがちです。


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宴タケナワ西沢渓谷

2009.10.28 18:32  投稿者:ootaminoru

♪秋の夕日に照山モミジ、、、♪

宴タケナワで御座います。

10月28日は水曜日ですが大勢の人が来ていました。
五段の滝往復10km、4時間のコースタイムです。足場が良いので登山と言う程の事はなくハイキングです。
駐車場は満タンで観光バスもかなり停まっていました。大手観光旅行会社のバッチを胸に標した一行も何組かいました。殆どが県外の車です。


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未来につなげる産業の匠たち

2009.10.25 21:44  投稿者:ootaminoru

観光産業は全ての産業、行政、自然的景観、食べもの、特産物、交通、インフラ、宿泊施設、歴史的文化等の総合力の上に花開く産業であり、守備範囲が広く深いです。
叉、100-1=0だそうです。

山梨の産業を支えて来た物づくりの伝統工芸品や商工業にスポットライトを当てその産業の歴史そして現在抱える問題そして未来の展望について語るシンポジュームが開かれています。

私は山梨の観光を考える場合、その裾野の一つである地場産業が観光に寄与する割合が大きくその進捗状況が此れからの山梨県を左右するほどだと思っています。

その地場産業の現在、そして未来に対して取り組んでいる姿を公開し業界の政策を披露して頂きました。
其処には郷土を愛し自分の生業を、技術を愛する熱意が感じられ、物語性があります。
その結晶であり結果である製品そして商品の現物がカイテラスで行なわれていた「水晶宝飾の新作展」であり、合わせて見逃せないものです。
業界のいろんな部分を支える第一人者が集まり此れからの業界の共存共栄を語って呉れました。今は開かれた社会が必...


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鳳凰山からの鳳凰山

2009.10.23 06:10  投稿者:ootaminoru

鳳凰山は花崗岩の山です。
花崗岩の奇形、巨大なオブジェを見ながら白洲を歩きます。

長野県の北アルプスツバクロ岳(燕岳)も同じ景観です。

全国的にはもっと沢山あるのかもしれませんがつたない経験では関西の六甲山が花崗岩の山です。神戸、大阪、宝塚、有馬温泉に跨る関西のロックガーデンです。ハイキングや登山やリゾートホテルの癒しの場です。有馬温泉もあります。
関西人には絶大な人気があり郷土の共有のお宝です。
花崗岩を別名御影石と称します。それは六甲山の麓に御影(みかげ)なる地名があって其処から花崗岩を切り出したからです。

その海岸線には灘の浜と西宮の浜があります。
白州町のウイスキー醸造やミネラル水や台が原の清酒それから武川米と同じで灘の清酒は六甲山の伏流水を汲み上げた清水が原料です。
清酒コンビナートです。歴史が違います。経済的貢献度が違います。

もっと昔、江戸時代以前の関西には伊丹の清酒がありました。
この伊丹の清酒も宝塚に近く六甲山から流下して来る水です。

六甲山は阪神タイガースの「六甲降し」の歌の源です。
六甲山...


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鳳凰山からの甲斐駒ケ岳

2009.10.22 06:03  投稿者:ootaminoru

白雲湧き上がり甲斐駒ケ岳雄姿留めん。

この角度からの駒ヶ岳は麻利支天と本峰が直線状に重なってしまいその特徴が半減されています。
左奥は鋸岳です。
甲斐駒ケ岳はどの角度から見ても正三角形で雪が降ったように白いです。
大変特徴のある姿形です。
叉ここから流下する伏流水は麓で汲み上げられてペットボトルに詰められ全国に配送されています。
知る人ぞ知る日本を代表する全国区のミネラル水なのだ。
しかし一企業の資源であり資産であり商品になっています。山梨県全体の資源になっていないところに寂しさがある。

写真3は富士山です。

平成21年10月12日


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足和田山からの富士山(山梨百名山23)

2009.10.21 20:45  投稿者:ootaminoru

足和田山(五湖台):1355㍍からの富士山です。
山梨百名山に指定されているから五湖台(1165㍍)に登りましたがそれよりも標高の低い紅葉台叉は三湖台で充分です。

西湖、河口湖と富士山の間に位置する小高い山脈には紅葉台(1165㍍)、三湖台、五湖台(足和田山)が並んでいます。
西湖と精進湖の湖面の標高は902㍍ですから標高差453mになります。
ここの展望台の売りは何か?
青木が原溶岩流とセットに考えたい。
青木が原樹海の中では全く富士山が見えません。近隣の西湖畔か若しくはこの展望台をセットにすると好ましいと思う。青木が原樹海の説明や樹海洞窟のコウモリなどの動物の説明及びコウモリ穴洞窟そのものの説明は洞窟ターミナルの会館やネイチャーガイド散策が楽しい。

五湖台頂上からの景観は周囲の樹木が伸びた為かあまり良くありません。
殆ど湖面が撮影出来ません。
仕方がないので新雪の富士山をクローズアップで撮影しました。
写真1と2です。

富士山の見える山や丘は沢山あります。叉市街地から見える街は富士見町だったりします。
ここ...


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鳳凰山からの仙丈ケ岳氷河地形

2009.10.21 17:08  投稿者:ootaminoru

仙丈ケ岳の氷河地形をご案内します。

仙丈ケ岳には三つの氷河地形が残っていて、昨年の秋に仙丈ケ岳登山の折に氷河地形の解説を致しました。
今回はその内の二つが明確に見える写真で補強させて戴きます。
鳳凰山と仙丈ケ岳は途中に甲斐駒ケ岳、アサヨ峰を挟んで同じ山脈で繋がっています。ですからその同じ山脈の縦走路から眺めた仙丈ケ岳は一定の方向(東)から素晴らしい展望で眺める事が出来ます。

写真1は右側のピークが小仙丈ケ岳です。そして尾根を左に移動させますと右側に少し高いピークが見えます。これが3132㍍の仙丈ケ岳です。
そして小仙丈ケ岳の右側下に見える緩やかな傾斜面(スプーンカット)が小千丈ヶ岳カールです。
そして仙丈ケ岳の左側に見える緩やかなカーブを描いて下降する広い斜面が大千丈ヶ岳カールです。
大仙丈ケ岳カールは二段になっていて上部のものは1万年前までのウルム氷河期のもので下の大きなカールはリス氷河期のものだろうと都留文科大学の地質学者田中収氏は著述しています。

写真2では小千丈ヶ岳カールを正面に捉えています。
小...


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鳳凰山からの北岳

2009.10.18 07:15  投稿者:ootaminoru

鳳凰山からの北岳は、特に白鳳峠や高峰からの北岳は正面に大樺沢が見えます。
北岳は甲府盆地からは前衛の鳳凰山が立ちはだかっていて見えにくく、叉北杜市からも同様で腰から上部しか見えません。

そうかと言って広河原から登山をしますと近すぎて全体の景色が判りません。
それは富士山登山の途中の七合目からの山容と遠くから見る河口湖からの富士山の景色の違いでもあります。
丁度鳳凰山からの北岳は河口湖からの富士山に匹敵します。


写真1は広河原から白鳳峠へ2時間登った森林限界地点から始めて姿を見せる北岳です。あと30分で白鳳峠に到着します。
白鳳峠は甲斐駒ケ岳からアサヨミネを経由して鳳凰三山そして夜叉神峠を繋ぐ縦走路の丁度真ん中のT字路です。

写真2は朝焼けの北岳クローズアップです。
10月12日ですがもう北岳は少し白くなっています。
オレンジの部分は草付きですが草紅葉が進んでいます。

写真3は高峰からの大樺沢全景です。
この大樺沢の見える景色はこの登山路だけからのものです。
沢の途中の白いのは雪渓です。
この大樺沢はかつての氷河地...


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鳳凰山黄葉の秋

2009.10.17 21:29  投稿者:ootaminoru

落葉松は幹が柔らかくて捻じれたり曲がったりします。
ですから建築材や家具材に向きません。
しかし、終戦後のある時期に落葉松を全国的に沢山植林しました。
砂防林や崩落防止としては有効ですが林業(材木)としての利用価値はゼロです。

ここの落葉松は天然林です。

丁度黄葉していました。


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鳳凰山実りの秋

2009.10.17 21:01  投稿者:ootaminoru

コケモモ(ツツジ科)を一粒口に入れて味を確かめます。
多汁質の水果で少し甘いが特別美味しいとは思わない。
種は吹き出します。

そして写真2のナナカマド(バラ科)も食べられます。
とても酸っぱいのですが林檎の味がします。
丁度、生梅みたいな酸っぱさです。
喉が渇いたときに一粒口に入れますと唾液が出てきてもう暫く頑張れます。
林檎も桃もバラ科でナナカマドと遠い親戚になります。
これも種子を吹き出します。

写真3はウラシマツツジ(ツツジ科)の紅葉です。

平成21年10月12日


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オバマ大統領に日本ワインを

2009.10.17 18:10  投稿者:ootaminoru

オバマ大統領の来日に「首相官邸で催す供宴に日本ワインを」

オバマ大統領が11月来日します。その首相官邸で催す供宴に日本ワイン出してはどうだろうか。

以下の文章は私が書いたものではなく毎日新聞21年10月17日P9掲載の西川恵のグローバル EYE から抜書きしています。パクリです。

オバマ大統領が来月、来日する。鳩山首相に提案がある。
首相官邸で催す供宴に日本のワインを出してはどうだろうか。
外交の場における供宴で日本は何故日本ワインを出さないのだろうかと疑問に思って来た。

外国の首脳が来日した際、首相官邸の供宴は基本的にはフランスのワインだ。日本ワインが出されるのは極めて稀で04年のドピルパンフランス外相(当時)が来日した時、飯倉会館で山梨県産の赤ワイン「登美」が出された。
中略、、、。
これはワインに詳しい外務省職員のアイデアだった。
これは例外だ。

料理を請け負うホテル側の提案を殆どそのまま受け入れてきた。
そうなると無難に名のあるフランスワインとなる。

中略、、、、。
日本ワインを出すべき理由の一...


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鳳凰三山(山梨百名山22)

2009.10.16 20:32  投稿者:ootaminoru

地蔵岳、観音岳、薬師岳から鳳凰山(三山)は構成されています。
しかし、この山の名前は明治時代から論争の種だったそうです。
実は明治時代以前から、山の固有名詞が地域社会で幾通りかあってハッキリしていなかったからです。
甲斐国誌(文化11年=1814年)に(甲州の)州人の多く地蔵岳を誤認して別名で呼ぶ。と書いてあります。
それにしても鳳凰、薬師、観音、地蔵の呼称を地域社会で何時頃誰によって命名されたものだろうか。
名前負けとは言いませんが、これ以上の讃美は無い程素晴らしい名前だと思う。甲州の人がこの山に対して敬う心がそんなにあったのだろうか?

明治35年に陸地測量部がこの山域の最高峰の2840㍍に二等三角点を設置して、その場所を観音岳とした。地域社会で観音岳と最も一般的に呼ばれていたからです。
地図に書かれたその時点で地域社会の呼称から全国区公認の国家統制の山の名前となった。
現在も観音岳の頂上に三角点が存在しています。
しかし測量調査隊は「点の記」にその当時この山を薬師岳と呼ぶ里人もいる。と記録しています。

...


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青木ヶ原樹海コウモリ穴洞穴

2009.10.14 21:30  投稿者:ootaminoru

コウモリ穴洞穴

ヘルメットを借りて洞穴に入ります。
天上の低い場所はしゃがんだ状態で歩行します。
昼間はコウモリは穴の奥深く眠っていて出入りしませんが夜間は飛び回るそうです。

洞穴は高圧水蒸気が充満して溶岩流の内部に空洞を形成したものだそうです。
床部分には解けた溶岩が流れて縞模様になった部分がありました。
写真2です。

灼熱の溶岩に流動性がある時代に出来立てホヤホヤを証明する名残です。
なかなか楽しい地底散策でした。
平成21年10月9日


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樹海と洞窟

2009.10.13 21:37  投稿者:ootaqminoru

青木が原樹海

10月9日ネイチャーガイドなしで青木が原樹海とコウモリ穴を含む竜宮洞窟を散策をしました。そして紅葉台に登りました。

自分の知見そして洞察力がどの程度か試しています。
近い内に今度はネイチャガイド付きで散策してみます。

現在判っている事
1青木が原溶岩流は西暦864年の長尾山の爆発で約1150年の歴史の
 なせる業であること。その特異な時間系列の中の出来事だ。

現在判らないこと
1樹海の磁場はどのようなメカニズムで出来たか?
2極相林(針葉樹林帯)になるにはどの位の年月が必要か?
 その条件や環境は何か?
3光を必要としない植物(例:ギンリョウソウ)で特異な物はないか?
4竜宮(セノウミ神社)は富士講の観光ポイントだったそうですが、富士講 の周辺の観光コースは?出典は?
5本栖湖湖畔の石積について
 かつての人は樹海をどのように積極的に使用してきたか?
7樹海の中は針葉樹が80㌫で落葉広葉樹が少ない。ナッツ類に代表され
 る果実が少ない。叉地表面は光が少ないので低木も少ない。蘚苔類や
 地衣類はある程度発達し...


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万葉集に富士山を詠める詩

2009.10.11 14:34  投稿者:ootaminoru

紅葉台は西湖と富士山の間に位置する小高い山です。
西湖畔から高度差で100㍍位あるでしょうか。1164メートルです。
この山塊には三湖台、五湖台(足和田山)がありますが足和田山は山梨百名山の一つです。
ここだけ青木が原溶岩流が覆い尽くす事ができずに取り残した山です。
一歩その急な山麓を登り始めますと地質が異なります。
表面は薄く火山灰土が覆っているようですが岩質は変成岩の白っぽい石です。
この山は富士山の真北に位置しますので直近ですが殆ど影響を受けたいません。
火山灰は西風の偏西風によって爆発時のスコリアや火山灰土は遠く須走りや小田原や東京方面に降らせました。
富士山の生成に比べて古い御坂山脈の岩脈です。

ここからの富士山側の眺めは万葉集に出てくる風景を連想する地です。
万葉集の歌碑がありました。


万葉集の詩を詠んだ人は青木が原溶岩流が流れ出す前のセノウミが広がっていた時期です。

写真3は紅葉台から眺めた西湖畔の根場癒しの里です。


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村落の小さな秋祭り

2009.10.11 13:21  投稿者:ootaminoru

鎮守の森を出て村落の中をお神輿が通ります。
小学生以下の子供神輿が通ります。
年に一度のお祭で神様が神社を出て産生神様として村落の民家の中を巡幸して回ります。
収穫祭を意味しています。

鐘太鼓の音、ワッショイの掛け声が聞こえたら家の前に出て神様にお賽銭を奉納する。
神輿はそこで大きく上下に持ち上げられ大きな声でワッショイワッショイと掛け声を唱和する。
お神輿担ぎの小さな集団ですが心を合わせて共同作業をします。
心を合わせて共同作業を行なうその身をもって体験する実績が大切なのです。
かつて私達は地域社会のそして人間社会の絆を伝統的に体験学習して育ちました。

そうした仕来りが昔から日本の村落に伝わっています。
そうした風習を過去の手かせ足かせとして忌み嫌うか、はたまた人間社会の根本的な絆として社会の発達、平和、幸福の根本として発展的に捉えるかは幅広い国民の夫々の価値観の中にあります。

後者の極端な例で言えば国連でCO2の25パーセント削減や核爆弾のない世界目標を言わしめた根源的な原点ではないかと思います。

今年も子...


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秋の精進富士

2009.10.11 07:41  投稿者:ootaminoru

青木が原樹海と洞窟散策に出かけました。
写真は目的地到着以前の精進湖湖畔からの富士山の姿です。

青木が原樹海も現在の精進湖、西湖も西暦864年に長尾山から爆発して大量の溶岩を噴出し流下した青木が原溶岩流に依ってセノウミが塞き止められて二湖に分断したものだそうです。

ちなみにその大爆発を契機に中央朝廷は日頃富士山そのものが浅間大権現の神でありその神様を粗末にしているたたりであり、甲斐の国司に命じて八代郡の南の麓に社を建ててねんごろにおもてなしをするようにしました。
その社が笛吹市一宮の一宮浅間神社や市川大門の一宮浅間神社や河口浅間神社、二合目の御室浅間神社、叉は富士吉田の北口浅間神社のどれかだと言われていますが記録には書かれていません。
どれがその時の本物の社であるかは私には分かりませんが、多分お払いをしたり奉って御もてなしをして鎮めても荒ぶる神、富士山の噴火が収まらないので朝廷は次々に勅令を出して二次三次の御もてなしの社を建ててねんごろに奉ったのではないかと思いたい。

こうした故事を偲びながら青木が...


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文献にみる船津口登山道

2009.10.07 10:25  投稿者:ootaminoru

船津口登山道は文化7年(1810年)に陰りなく衰退したと思われます。
その理由は船津口登山道からの富士登山は吉田口との権益争いの結果、裁判沙汰になり幕府の寺社奉行の裁定で富士吉田口分を含めて二重に山役銭(入山量)を支払わなければならなくなったからです。それ以降は誰もが吉田口登山道を歩くようになったと思います。

文献から船津登山道を探ってみました。

その1
富士山登山案内図:富士吉田市歴史民族博物館P81

 江戸時代の中期以降、江戸を中心にした富士講中の登拝は甲州街道を
 富士道(谷村路)に分岐して吉田に到達する道筋に固定されていた。
 一方、中部山岳地帯からの道者(信仰登山者)は甲府盆地から御坂越え
 に川口に到達して、その御師宿坊に宿泊し湖南の船津から胎内道を経て
 直接山内に入ったと案内図から読み取る事が出来る。
 (即ち小生が現在船津登山道を探険している道筋です。
 しかし、その道筋は人が通わぬ内に何度も立ち消えになり、ある時代に
 再開削して名目を保ったものであり、その度に道筋は変わっていたもの
 と推定...


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勝沼葡萄まつり

2009.10.03 22:00  投稿者:ootaminoru

雨後晴れの葡萄祭り

勝沼葡萄祭りのメイン会場は田植前の田んぼのようになっていました。
その泥田に1時間並んで甲州種葡萄を一房頂きました。
受け取った時は本当に嬉しかった。
何か物凄く努力をして得た対価のような感じになりました。
それにピカピカのお嬢さんの笑顔が何よりも素晴らしいです。

開会式のセレモシーが1時間あって雨降りのグランドに長蛇の列の一員として静かに待ちました。
屋根のある舞台の上でセレモニーの半分は大国主命のような白いコスチユームの服を着た神主から受け取った榊をお神輿に奉納する儀式です。沢山の関係者がはじめの内は一人ずつそして、その内に複数前に出て榊奉奠をします。何度も何度も繰り返します。
開会式の挨拶があり、関係者の祝辞があり、祝電が披露されてやっと式典が終りました。

葡萄そしてワインに代表される稔りの秋の収穫祭なのだ。収穫を感謝すると共に来年も豊作であることを神様に祈願するのが葡萄祭りの意味なのだ。
中央市の稲穂祭りも秋の稔りの感謝祭なのですが神事を行ないません。
神事をやったほうが私は意味が...


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湯村山、湯村温泉ハイキング

2009.10.02 10:31  投稿者:ootaminoru

甲府市の人ですが足の不自由な人を平成21年10月1日湯村山城を同伴し御案内して来ました。
初めてだそうです。

緑ヶ丘のスポーツセンターの体育館から整備された遊歩道を登り頂上へ。
樹木の茂った涼しい遊歩道をゆっくり登ります。
10月だというのにツクツクボーシの鳴き声があちこちで聞こえてきます。
頂上の吾妻屋で暫く休憩。城址の遺構を見て回ります。
そして湯村温泉側に下山します。林の中を下ります。
8世紀の横穴式古墳を二基見て塩沢寺から温泉街の名所旧跡巡り山辺を歩き万寿森古墳を見て体育館に戻ってきました。
凡そ2時間半の散策です。

県営緑ヶ丘スポーツセンターと湯村温泉を分けるように山脈の先端が張り出しています。標高差150メートルの小高い山脈の先端が湯村山です。
湯村山の頂上には城跡があります。湯村山城です。

この湯村山が史実として出てくるのは1519年に石和から相川扇状地の躑躅ガ崎の館を新築し移って来た武田信虎が2年後の1521年、今川の家老福島正成に攻められて飯田河原及び上条河原で決戦となり地の利を得た信虎が辛うじて勝...


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2009.10.01 20:30  投稿者:ootaminoru

今日から10月です。
柿が色付き始めました。
稲刈りが進んでいます。
コスモスが綺麗です。

ブラジルのサンパウロ郊外へ帰っていったエメルソン ルシアン 多根さんお元気ですか?
日本は昨年秋以来、消費経済が落ち込み就職難です。
中央市国際交流協会日本語教室は10月18日から第五期の授業が始まります。
四クラス編成で行ないます。

日本は秋本番を迎えました。
きっと中央市の季節が恋しく思い出されるでしょうね。
観光地としては見るべき何にもない中央市でしたが、貴方を取り巻く仲間が一番のお宝だったでしょうね。
人は石垣人は城。日本一の誰にとっても住みやすい地域社会を目指して行きます。

15年住んだ日本、山梨県中央市はドンドン遠くなって行くでしょうね。
それで良いです。そちらでどうか頑張って下さい。


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