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山梨 路線バスおたく的 旅日記 

バスに乗って 山梨の観光と マニア向けバスのお宝 を紹介
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プロフィール

48歳。路線バスマニアです。
私の集めた 山梨交通バスにまつわる ちょっといい話、バスに関係する観光ポイント、コレクションを紹介します。
各ページ紹介の 山交路線バス時刻検索は
http://yamanashikotsu.co.jp/jikoku/jikoku01.htm

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チョロQバスの 行先表示

2008.01.31 19:26  投稿者:小 バカボン

 はい、山梨交通が作ったオリジナルチョロQは、写真のとおり6車種あります。

 平成12年の第一弾は、薄い黄色地に濃紺線の路線バス、平成の初期からのオリジナルカラー、バス正面の行先表示は「山梨交通」でありました。
 因みにこの「山梨交通」表示は、回送の時に使用しているようです。

 平成14年の第二弾は、昭和20年代から30年代の緑とオレンジ色のボンネットバス、そして40年代から平成初めにかけての薄いグレーに桃色のラインの路線バスの2台組、こちらの行先表示も「山梨交通」。

 平成16年の第三弾は、白地に濃紺ラインの高速バス、こちらも表示は「山梨交通」です。
 そして、このときの2台組の片方、平成10年代以降の白地に黄緑色の国際興業グループカラーのバスに対し、行先表示は「甲府駅」を採用しています。
 マニアとしましては、何やら意図的なものを感じる次第です。

 さて、この山交チョロQですが、実はこの他に2種類が出回っています。
 1台は、地元のJリーグチーム「ヴァンフォーレ甲府」のラッピングバスをチョロQにしたも...


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鰍沢町で見つけた 興味津々の場所

2008.01.15 19:04  投稿者:小 バカボン

 甲府から身延方面に南下する際に利用する国道52号線、甲府盆地の南の隅が鰍沢町となり中心町並みの最後に山梨交通鰍沢営業所があります。
 ここからは身延まで富士川に沿って走ることになりますが、その途中、まだ鰍沢地内でありますが、書道の硯(すずり)加工で有名な「雨畑硯」の加工工場が何件か集まった場所があります。

 この「雨畑硯」、字の下手な私にはほとんど無縁でありますが、書道界ではなかなかのものだそうです。
 こんなところにも山梨の特産品があることを嬉しく感じます。
 お店を訪ねてみるのも楽しそうです。

 
 今日のその場所は、看板が以前から気になっていたのですが、ようやく意を決して入ってみたお店についてです。

 名前は「レールパル351」、なんとこんな田舎に鉄道模型の店です。
 力説するのも変ですが、場所的には絶対似合いません。

 でも、店内はビックリ!! 
 鉄道模型・バス模型がいっぱいです。それに、ジオラマ(鉄道と町並みの再現模型)の素晴らしいこと、店の奥では博物館で見るような十数メートル四方の大きなジオラ...


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増穂町 の山梨交通 電車

2008.01.10 18:56  投稿者:小 バカボン

 前のブログにも書きましたが、山交ができた時、電車線(私鉄)もあったのです。
 昭和5年から37年までの間、「甲府駅前」駅から現在の南アルプス市小笠原を通って増穂町青柳までの単線を、30分間隔で走っていたようです。

 会社名も、「甲府電車軌道」「山梨電気鉄道」「峡西電気鉄道」「山梨交通 電車部」と変遷しました。
 甲府市内荒川橋から甲府駅間は、自動車道路との併用軌道でありました。

 この荒川橋から青柳までの間は専用線で、現在は「廃軌道」(はいきどう)と呼ばれている県道として、多くの自動車が走っています。
 この道のところどころに、道幅が広くなった旧駅の跡がわかります。

 通称は「ボロ電」、電車がボロいのかと思ったら、駅舎がボロいので名付けられたようです。

 青柳の終点近くの河川公園に、当時走っていた電車が展示されています。
 この電車は、山交で走った後、長野の私鉄や「江ノ電」でも使用され改造されていますが、面影は残っているそうです。

 電車の色は、黒・こげ茶・緑とクリーム色の金太郎掛けスタイルと変わり、廃...


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路線バスの旅 出発

2008.01.05 18:46  投稿者:小 バカボン

 毎度ご乗車ありがとうございます。このバスは昭和の時代経由、山交バスの出来た頃行きでございます。

 山梨県甲府市を中心とする甲府盆地とこれを囲む山々を「国中地方」(くになかちほう)と呼びます。
 この地域に住む人々の足として「山梨交通バス」は誕生します。

 国による戦時統合という形で、数社のバス会社と私鉄1社が合併してできました。
 最初に掲出した写真はその当時のもので、観光地「昇仙峡」のバス終点で撮影されました。

 山交バスの前身は、戦前「開発バス」と呼ばれた会社で、正式には「株式会社 山梨開発協会」と言いました。
 社名の開発は、県内全般の開発とともに主に昇仙峡の開発を指すもので、山交バスと昇仙峡は切っても切れない縁といえます。

 尚、写真に写っている「昇仙峡ホテル」は、甲府市内の湯村温泉にあり、その後「昇仙閣」「甲府富士屋ホテル」と名前を変え現在にいたる、由緒あるホテルです。

 下の写真は、昭和28年の第1回御岳昇仙峡祭り記念の際、観光協会と山交バスが発行した「御岳新道物語」という小冊子...


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